「美輝」

 雅人に呼びかけられて視線を向けると、彼はにこりと笑った。けれど、それはいつものような幸せそうなものではなく、力ない弱々しい微笑み。

「俺は大丈夫だから」

 なにが、大丈夫なの。全然大丈夫じゃないじゃない。なにその笑顔。わたしが見たいのはそんなのじゃないのに。

 ──いや! そうじゃなくて。

 口を開きかけると、いつの間にかそばにいた町田さんが雅人をそっと抱きしめた。愛しむように、優しく、包み込むように、雅人を横からぎゅっと抱きしめている。

「ありがとう。ごめんね。貴美子が目覚めたらまた、来てあげて」
「心配かけてごめんな……」

 ここにいる。
 彼女はおばさんと雅人の、すぐそばにいる。

「け、賢……?」
「なんだよさっきから口開けて」

 隣にいる賢に震える声で呼びかけるけれど、わたしを訝しむような返事をされてしまった。
 わたしにしか見えていないことは、もう、明らかだ。じゃあ、どうして……わたしには見えているんだろう。

 目を閉じて、雅人を抱きしめている。長いまつげには涙が滲んでいて、微かに光を反射させていた。悔しいくらいにきれいだった。羨ましいほど、彼女はきれいだった。

 不思議な気持ちで彼女の顔を見つめていると、町田さんは顔をゆっくりと上げて、そして――わたしに視線を向ける。

「──……っ!」

 視線がぶつかったその瞬間に、条件反射のように顔ごと目をそらす。

 どっどっど、と心臓が鳴り響いて、胸が苦しくなってくる。

 今、わたしを見ていた?

 病院の中は、外とはうって変わって涼しい。なのに、額にじわりと汗が浮かぶ。

「か、帰ろう、賢」
「おう」

 賢の服を軽く引っ張って告げてから、町田さんの方を見ないようにしておばさんと雅人に別れを告げて踵を返した。

 早く、帰ろう。なんかわかんないけど、多分見ない方がいい。いやな予感しかしない。

 わたしに見えても困る。だってわたし、なにも出来ないし。しかも相手は町田さんだし。