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「おはよう、美輝」

 何回目かのアラームを止めてからリビングに行くと、既に起きていたお母さんが朝食を並べていたところだった。わたしの姿を見てお母さんが声をかけてくる。

 夏休みの間はお母さんよりも早く起きて朝ごはんの準備をしようと思っていたのに、先を越されてしまった。昨日はあまり寝付きがよくなかったせいもあるだろう。

 目をこすりながら「おはよう」と言ってテーブルの前に腰を下ろす。今日のごはんは焼きたての食パンに、先日お母さんが買ってきた苺ジャム、そして目玉焼きとサラダ、手作りのスープ。並んだごはんを見ると、わたしにはまだまだお母さんのように朝からこれだけのごはんを作れそうにないな、と思ってしまう。わたしが先に起きたときのごはんは、食パンと目玉焼きだけだ。

「お母さん、もうすぐ出かけるけど、美輝はどうする?」

 パンを手にしてかじりつくと、お母さんは部屋の中をパタパタと動き回りながら言った。

「……出かける、つもり」
「そう、なにかあったら連絡してね」
「うん、行ってらっしゃい」

 わたしの返事に、お母さんは優しく笑ってまたあちこち行ったりきたりを繰り返している。近くを通る度に身だしなみが整えられていって、どんどん若返っていく。

 お母さんは今年で四十五歳になる。けれど、三十代と言われても問題ないくらいは若く見える、と思う。派手すぎない化粧に、落ち着いた色の髪の毛はショートカットで、肌はシミひとつない。白いシャツにパンツスーツの姿は、いかにも仕事のできそうな大人の女性に思える。

 わたしが朝食を食べ終わる前に、準備を済ませたお母さんは「そろそろ出かけるわね」と慌ただしく家を出て行った。直前に少し心配そうに微笑みかけられて、思わず目をそらしてしまったのを気づかれていないことを願う。

 でも、わたしを気遣うような表情を見るに、雅人のことをお母さんはすでに知っているのだろう。

 昨晩、帰ってきたときにはもう雅人のおばさんから話を聞いていたのだろうと思う。もしくは、マンションの誰かから。そのくらいこのマンションの情報網はすごい。いつだって、どこからか広まりどこからか耳に入ってくる。

 なにか言いたげな表情を何度かわたしに見せたけれど、なにも言わなかった。それは、わたしに気を使っているか、お母さんも話したくないのかは、わからない。

 町田さんのことを聞いて、お母さんも、わたしと同じようにお父さんのことを、思い出したりしたのだろうか。

 ごはんを食べ終わり、流しに食器を運んでから和室に足を踏み入れた。

 奥にある仏壇には、三年前のお父さんの笑顔が飾られている。わたしの記憶のままの、優しいお父さん。けれど、誰よりも残酷なお父さんでもある。

 そっと手を合わせて、いつもの疑問を投げかけた。答えはもちろん返ってこない。