「そういえば……」

 願うように目を閉じると、賢が声を発した。

「そばにいたあの男、誰だったんだろうな」
「誰だろうね」

 お互いにそう呟いて、また無言になる。

 誰だったんだろう。誰も接していなかったから、もしかすると町田さんに関係のない男の子だったのかもしれない。でも、あの男の子の表情はそんなふうには思えなかった。おばさんやおじさん、雅人と同じように、町田さんのことを想って待っているように見えた。

 わたしは、あんなふうに隅っこで小さくなっている人を、見たことがある。

「まさかね」

 いやな予感を捨て去るように自嘲気味に呟いて、電車を降りた。



 駅で賢と別れてから、バスに乗り込みひとりでマンションに帰った。

 部屋の鍵を開けて中に入ると、朝はガンガンに効いていたクーラーの余韻は当然ながらすっかり消え去っていて、生ぬるい空気が充満していた。

 真っ暗な部屋に明かりを点けて、中に入りリビングに向かう。キッチンには朝やり残した洗い物が流しに置きっぱなしになっている。わたしが家を出たときのままだ。

 今日もお母さんは遅くなるのだろうか。

 携帯を取り出してメッセージが届いているか確認してみるけれど、なんの連絡も入っていなかった。まだ仕事中なのだろう。

 空気を入れ替えるためにベランダの窓を開ける。そのまま外に出ていつの間にか真っ暗になった外を眺めた。世界が暗闇に侵されているみたいに、頭上は黒に覆われている。けれど、そこには星があった。多分星座が見えるんだろうけれど、星に全く興味のないわたしにはわからない。

 雅人にとって、きっと長い夜になるだろう。

 寝ることもできず、心も体も休められないまま、途方もない時間を過ごすに違いない。

 カーテンを握りしめながら、明日、もう一度雅人に会いに行こうと決めた。わたしにできることはそれくらいしかない。それでも、雅人のそばにいたい。

 どんな結果になっているのかわからないけれど、どうか、どうか、雅人が笑顔になってくれていますように。

 星にそう願いを込めて目をつむった。