「じゃあ、オレら帰るけど……」
「あ、うん、ありがとう」
まだ顔色の悪い雅人は、椅子に座ったままわたしと賢を見てこくりと小さく頷いた。雅人はきっと、手術が終わるまで待っているつもりなのだろう。
終わるまで、というか、終わってると思うんだけれど……。
おばさんとおじさんは
「もしよければ、また、明日にでも……」
と、そう言って何度も「ありがとう」と「ごめんね」を繰り返した。
言葉を発することなく、おばさんとおじさんにもう一度頭を下げて背を向ける賢に、わたしも着いていく。本当に帰っていいのだろうかと、そう思いながら。
見知らぬ少年は、そのときもずっと床を見つめたまま椅子にも座ることなく、壁にもたれかかっていた。
背中から、町田さんが今もなお、雅人に謝る声が聞こえる。
家に帰るまで、わたしはなにも話すことができなかった。賢もそれを気にすることなくわたしと同じようにずっと景色を眺めていた。
電車のドアに向かい合って立ちながら、ふたりして外を見つめている。黒く染まり始めた町並みがガラスの向こうに広がっている。
映画を見たのは何年も前のような気がする。ほんの一時間ほど前、雅人はパンフレットを広げて興奮した様子で感想を語っていた。けれど、病院での雅人は全くの別人のように口数が少なく、笑顔ももちろんなかった。
あんな雅人を見るのは、辛い。雅人を思い出すだけで胸が苦しくなる。そして同時に、町田さんの姿が浮かんで、気持ちがぐちゃぐちゃにかき乱される。
わたしの見た町田さんは、一体なんだったのだろう。
「……ねえ、町田さん……」
窓に映る賢を見つめながらぽつりと呟くと「無事だといいな」と小さな声が返ってきた。
その返事は、やっぱり町田さんがあの場にいたことに、全く気付いていないことを示している。彼女を見れば、無事であることは一目瞭然だ。
本当に意味がわからない。生きてるじゃない。そばにいるじゃない。なんなの手術って。どうして、みんな町田さんのことを無視してるの。
わたし以外誰も、彼女の姿が見えていないかのようだった。
まるで、この世に存在してないみたいに。
まさか、幽霊……とか。
不意に浮かんだ単語に、慌てて頭を振った。