教室に戻ると、すぐに担任の先生がやって来て朝と同じような夏休みに関する注意を告げる。その間もずっと、頭のなかに町田さんのあのいやな顔がこびりついていて憤慨したままだ。
ああ、もう。イライラしてしまう。
だめだ、こんな気持ちで雅人と過ごすわけにはいかない。
自分に何度も言い聞かせて、なんとか心を落ち着かすことができた頃に、教壇に立つ先生が終わりを告げた。
「じゃーね、美輝」
「クラブ頑張って。休みわかったら遊ぼうね」
真知に手を振って、教室を後にする。
他のクラスもすぐに終わったんだろう。廊下にはいろんな生徒が遊んでいたり、話し込んでいたりする。その中に、ひとり気だるそうに歩く後ろ姿が見えた。鞄を肩にかけて、両手をポケットに突っ込んでいる。シャツがズボンから一部はだけていて思わず笑みがこぼれてしまった。
「賢ー」
「ああ、びっくりした」
大声で叫ぶと、のんびりと振り返る。驚いたなんて口にしながらも、表情はちっともそんな感じじゃない。それも賢らしい。
「今日はクラブ休みらしいね」
「おー。夏休みみっちりスケジュール組んでるから、今日は休めってよ」
わたしが隣に追いつくまで、賢は廊下の真ん中で待ってくれた。
「へえ、そんなに練習すんの?」
「いや、多分脅してるだけじゃねえかな。そんなに力入れるほど強いわけじゃないし」
「たしかに」
去年県大会二回戦に勝ち進んだのが今までで一番いい成績だったと聞いたことがある。それでも、それなりに部活で忙しくはなるだろう。
「でもまあ、よかったね。サッカー楽しい?」
「まあな。試合に出れたらもっと楽しいんだろうけど」
「一年じゃまだ早いだろうねえ」
そんな会話をしながら、つい、視線を賢の足元に向けてしまった。中学三年のときに怪我をした右足。そのせいで、賢は最後の試合に出られなかった。一ヶ月か二ヶ月安静に過ごせば治る怪我だったので、今はなんの問題もない。
それを確認して、よかった、と心の中でもう一度つぶやいた。
賢と一緒に靴箱に向かうと、ドアのそばにある壁にもたれかかってわたしたちを待つ雅人の姿が見えた。雅人のクラスはわたしたちよりも随分早く終わったらしい。
声をかけようと思ったところで、雅人の隣にいる町田さんの姿が目に入る。
わたしと目があった町田さんはふいっと視線を逸らして、雅人ににっこり微笑む。わたしに今日見せたような顔とは全く違う、まばゆいほどの笑顔。
まるで別人だ。なにあの笑顔。猫かぶりにも程がある。