世界は、すぐに反転する。

 それがわたしのせいならば受け入れやすい。けれど、そうでないことのほうが多い。

 父が、死んでしまった。その事実は、まだうまくわたしの中で消化できないでいる。


 お葬式が終わった日の夜、喪服として着させられた制服のまま、家を抜け出しマンションの屋上で夜空を見つめて過ごした。どうやって気持ちの整理をつければいいだろう。なにを憎み、なにを恨めばいいのだろう。

 明日から、母と二人きりの生活が始まる。わたしはまだ中学生一年生で、母は専業主婦。今までと同じように生活できるのだろうか。学費は? 食費は? 生活費はどうなるのだろう。

 父がいなくなった悲しみよりも、未来への不安のほうが大きい。

「美輝《みき》のお父さんは、星になったんだよ」

 いつの間にか背後にいた幼馴染の雅人《まさと》が言った。

 雅人が近くにいることに、声をかけられるまで気づかなかったけれど、それほど驚きはしなかった。感情も感覚もなくなってしまってわたしが抜け殻だったからだろう。

 ゆっくりと振り返ると、雅人は今にも泣き出しそうなほど顔を歪ませていた。

 隣に並び、そっとわたしの手を握りしめる。彼のぬくもりがじんわりと染み込んできて、凍結されていたわたしの心を溶かしていくのがわかった。

 思わず涙がこぼれそうになった。けれど、奥歯を噛んで空を仰いで耐える。


「きっと、星になって美輝を、見守ってるよ」
「星……か」
「そうだよ、だから……」


 だから泣かないで、と言うつもりだったのかもしれない。けれど、わたしが泣いていなかったからか、雅人はその続きを口にしなかった。

 再び視線を雅人に戻すと、彼は唇に歯を立てて瞳を潤ませながらも涙をこぼさないように耐えていた。

 雅人がわたしを必死に勇気づけようとして、そんな子供だましなことを言っているのはわかっている。だってもう中学一年生だ。雅人だって、死んだら星になるだなんてことは信じてはいないだろう。そして、それをわたしが信じるとも思ってないはずだ。

 だけど、あまりに一生懸命だったから。必死に、わたしを慰めようとしているのがわかったから、わたしは無理やり笑顔を作った。


「……そうだね。そう思うと……悲しくないよ」


 そう答えると、雅人はほっとしたように顔から力を抜いて笑顔を見せてくれた。

 わたしが泣いたり悲しんだりすると、雅人はいつも眉根を寄せて、泣きそうな顔をする。そんな雅人を、わたしは見たくない。わたしのせいで、雅人が泣く必要はない。

 わたしの今の気持ちなんて、雅人は知らなくていい。


 頭上の星空を見上げると、何万年も前の光が私の目に飛び込んでくる。

 やけに近くに空があるような気がして手を伸ばしたけれど、掴めるはずもない。

 死んだら星になるなんて、誰が言い出したことなんだろう。そんなはずないのに。死んだら全てなくなるだけ。万が一星になったとしても、生きているわたしたちがこの先生きていく上には、なんの関係もない。見守っているだけで、助けてくれるわけじゃない。空が格段と明るくなるわけでもなければ、曇の日でも星が煌くわけでもない。

 ただ、そばからいなくなって、ただ、残された母とわたしが、今の状況を乗り越えて生きていくだけだ。

 改めてそう思うと、じわりと涙が浮かんできて、慌てて拭う。

「美輝、俺はずっと、そばにいるよ」

 そう言って、雅人は手に力を込める。
 わたしはその手を強く握り返して、「うん」と呟きながら頷いた。


 一度は〝永遠《ずっと》〟に裏切られたけれど、雅人がそう言うなら信じられた。


 キミが泣いているとき、笑顔にするのはわたしだった。

 わたしが落ち込んでいるとき、笑顔にならなきゃと思わせてくれたのはキミだった。
 いつまでも、そんな関係でいられると信じていた。