自分のことが好きだった。
美人じゃないし、勉強ができるわけでもなくて。自慢できることはとっても少なかったんだけれど。
たったひとつだけ、誰にも負けないことがあったから。
スプリント。100を、誰より速く駆け抜けること。
スプリンターである自分のことが、あたしは何より好きだった。
ほんの数秒。コンマの戦い。
でもその一瞬があたしにとっての世界のすべてで、その一瞬が、どんどん世界を広くして。
突き抜けるような青い晴れた空の下、真っ直ぐな線の上を駆け抜けるとき、あたしは違う自分になる。
もっと速く。速く。誰より先へ。どこまでもずっと。
呼吸も、思考も、時間も止まった青色に染まる景色の中で。
あたしはただ、その眩しい光だけを見て。
それを追いかけて、一歩、一歩、足を踏み出せば。
そこから世界は、少しずつ、でも確かに大きく、どこまでも色を変え、広がっていったんだ。