「ねえ昴。生徒手帳拾ってもらったって、ほんと?」
ほら、こういうところ。
「ほんと……デス」
「へえ……ふーん」
返事も表情も、まるっきり信じてないって感じ。だけど絵奈はそれ以上訊いてきたりはしなかった。
無理に入って来ようとしなくって、距離感をちゃんとわかってくれるとこ、あたしが絵奈の、好きなところ。
これは別に今だけの話じゃなくてさ、これまでだって絵奈のこういうことろにすごく救われていると思う。誰かとの関わりが全部イヤになっちゃったときでも、絵奈とだけは、気楽に過ごせた。
だからこそ、うそを吐くのは、ちょっと心苦しいけれども。
「ま、楽しくやんな。夏だしね」
「あの、絵奈、そう言うんじゃないからね、ほんと」
「そう言うのって、どう言うの?」
「きみ、ときどきイジワルだよね」
「でもうそは吐かないよ、あたし」
「…………」
もうやめよう、このケンカ絶対に勝てない。
黙って卵焼きをかじるあたしを、絵奈はぷくくと楽しそうに笑った。
「ほんとにね、昴が楽しかったらいいよ。あんたはもっと笑ったほうがいいよ。楽しいこと、見つけといで」
むぐむぐと、卵を何度も噛みながら、あたしはそっと窓の外に視線を向けた。
目を向けた先にはグレーのグラウンド。あの上で、何度も何度も、ひたすらに、真っ直ぐな道を走った夏。
「……楽しいこと、か」
そんなもの、あたしは見つけられるんだろうか。楽しいこと、心の底から笑えるような。
ううん、無理だ。見つけられっこないよ。だって。
あれ以上に……あんなに好きだったあの瞬間以上にあたしの心を震わせる何かなんて、きっと、もう、ないんだから。