息が切れているのは、走ったせいじゃなく。精神的な疲れのせい。
どうにか誰もついてはこなかったみたいだ。さすがにそこまで下世話じゃないらしい。たぶん今教室では、いろんなこと、騒がれてると思うけど。
「昴センパイ、どうしたの」
「それ、こっちのセリフだって。真夏くん、なんで教室来るの」
変な汗を掻いているあたしとは反対に、真夏くんは涼しげな顔。
美少年って汗掻かないのかなあ。真夏、って名前のくせに。
「順平くんから、昴センパイに鍵を預けたって聞いて」
「鍵?」
「屋上の。だから、今日も開けに来てほしくて、それ言いに来た」
一瞬考えて、ああなるほど、と思い至った。
やっぱり昨日、真夏くんに鍵、渡しておけばよかった。
「じゃあ、これ、真夏くんにあげるよ。高良先生にはあたしから言っておくから。他の人に渡すのはアレだけど、真夏くんにならいいって言うと思うし」
胸ポケットにしまっていた鍵を真夏くんに差し出した。そう、最初っからこうしておけばよかったんだ。
あたしが屋上に行く必要も、真夏くんが煩わしくなる必要も、うちの教室に来る必要もない。
これでいい。なのに。
「それはだめ」
「え……なんで?」
「順平くんは昴センパイに渡したって言ったんだから、昴センパイが持ってないと」
「でも、真夏くんが持ってたら自由に開けられるし……あたしが持ってても真夏くんが持ってても一緒なら、そっちのほうがよくない?」
「だめ」