「だからな」
高良先生は言いながら伸びてきた髪を掻いた。
先生の髪は、染めていないけどところどころ赤くなっている。毎日長く外にいるせいで日焼けしてるんだ。去年の夏も、こんなだった。
「篠崎さ、言っちゃあ悪いがおまえは勉強が苦手だ。この学校だって一般入試で入ったわけじゃねえもんな」
「う……そ、そりゃまあ」
「だからまあ担任としてはさ、少しでも可能性上げとくために、部活はやっといたほうがいいと思うんだ」
わっと踊り場が賑やかになった。3年生の女子の集団が、下から上がってくるところだった。
人気者の高良先生はいるだけで女子に騒がれる。横を通り過ぎるとき、より一層大きな声を上げるセンパイたちに、先生は軽くひらひらと手振って応えていた。
徐々に遠くなる笑い声を見送って、高良先生がまた、あたしを見下ろす。
センパイたちに向けていた顔よりずっと、もっと、優しげな表情で。
でもあたしはそれに応えられない。噛んでいた唇を、どうにか開く。
「それって、陸上部に戻れってことですか」
ズキンと、どこかが痛んだ。心臓がポンプするのに合わせて、何度も、何度も、鈍くそこを叩き続ける。
もう、痛いはずがないのに。
そんなものは、とっくに治った。
傷は癒えている。元通りにはならないだけで。
なのに、やっぱり、すごく、痛い。