「何で見ないの? 昴センパイ」
声に顔は上げなかった。柵の上に握ったままの手を置くと、割れたペンキがぱらぱら落ちた。
「こんなに綺麗なのに」
何かが、じわっと真ん中らへんから広がっていく気がする。
熱くて、冷たくて、ぐるぐると渦巻きながらあたしの全部を包み込もうとする、汚い色の、何か。
ああ、ヤだな。こんな思いイヤだ。
全部切り捨ててさ、なくなって、単純にキレイだなあなんて、あたしも笑えたら、それでいいのに。
そうできたらいいのに。
「夕焼けって、あんまり好きじゃない」
真っ青な空が好きだった。
どこまでも飛んでいけそうな、広くて限りない青だけの世界。
風より速く地面を駆けて、呼吸も思考も止まるその瞬間、心が全部その色に染まるんだ。あたしは確かに、空を飛んでいる。
だけど。
「どんどん世界が狭くなるみたいで嫌なの。夕焼けって、もうすぐ夜になる合図だし。真っ暗を、呼んでるみたいで」
まるで、あのときと同じ。
どこまでも広がっていくようだった世界が、一瞬で景色を変えたあの日。
青くて眩しい、近かった空は、遠くて、暗くて、何も、見えなくなった。
あんなに眩しくて追いかけ続けていた光がどこにもいないんだ。
じわじわ、ぼろぼろ、世界が崩れて。
足元も見えない真っ暗闇の中で、もう、うずくまることしかできない。