大きな舞台独特の妙に、ぴりぴりとして落ち着かない雰囲気があった。ううん、いつも以上に、みんなやけに浮足立っているような感覚。

それはあたしも例外じゃない。大きな大会はこれまでに何度も経験してきたはずだけど、今までにない緊張感と、言い知れない不安が胸の中にある。


でも、それ以上に。不思議なんだ。わくわくして、早く、走りたくて仕方ない。


胸の奥がずっと鳴っていた。手を当てると鼓動が直接打ち付けて、まるであたしを、急かしているみたい。

走れって。思うままに。

なんだろうこれ。落ち着かないな。怖いからじゃなく。とっても、とってもどきどきする。


早く走りたい。誰もいない道を。あの場所まで。

なんだか、あたし、行けそうな気がするんだ。



『On your marks──』


スターティングブロックに足を置く。目の前にあるのは真っ直ぐな一本道。

ざわめきはもう聞こえない。耳に響くのは、自分の息遣いと、鼓動だけ。


『──Set──』


ピストルが鳴るのと同時に踏み出した。

気づいたのはすぐだ。あたし、行けるって。


スパイクがゴムを蹴る感触。風があたしを除けて後ろから押してくれる感覚。

体を巡る血の流れ。膨れあがる、筋肉の動き。


全部が鮮明に感じられた。瞬きよりもまだ短い、ほんのわずかな瞬間なのに。

一瞬一瞬があまりにも鮮やかに伝わる。目の前には誰もいない。何も聞こえない。

自分だけがそこにいる。すべてを、出しきって走りながら。

そして。