たったひとつだけだけど、とても大きな夢があった。

オリンピックで世界を舞台にして、誰より速く100を走ること。


いつからこの夢を持っていたのかなんてもう覚えていない。

気づいたときにはこの夢はあたしの中に確かにあって、いつだってあたしの行く道を明るく照らして、爛々と眩しく輝いていた。

それが“夢”じゃなく、明確な“目標”へと変わってからも。ずっと、ずっと。



小さな頃から走るのが好きだった。かけっこは1番以外取ったためしがなくて、幼稚園でも小学校でも運動会という場所でだけはいつだって主役だった。

本格的に陸上を始めたのは小学4年生のとき。うちの学校は部活なんてなかったから、代わりに担任の先生の勧めで地元の陸上クラブに入った。


走るのは好きだったけど、顔の知ってる同じ学年の子としか一緒に走ったことのないそれまではまだ、本当は、自分がどこまで速いのかなんてあんまり実感してなかった。

だけど初めて大会に出た日。自分が思ったよりもずっとあっけなく1位でゴールラインを踏んだとき、自分の速さにようやく気づいた。

あたしって、こんなにも速く走ることができるんだって。


いろんな人に褒められた。たくさん拍手も貰ったし、期待もされたし、応援されたし。

それは嬉しいし力にもなった。でも正直なことを言っちゃえば、みんなの声なんて、本当はどうでもよかった。


気づいたんだ。自分が誰より速いことを知ったとき。

100を先頭で駆け抜けたときの、あの奇跡みたいな、綺麗な景色に。