「真夏くんさ、あたしのこと、知ってたんだね」


一瞬風が強く吹いて、思わず目を細めた。真夏くんはあたしの隣で、あたしのことを見ている。


「前から知ってたんでしょ。ここで会うよりも前。あたしが陸上やってた頃から」

「順平くんから聞いたの?」

「……うん、そうだよ、さっき」


のどの奥が痛くなって、少しずつゆっくり息を吐いた。でも、だめだ。心臓も、頭の奥も落ち着かない。

なんだろうこれ。いやだな、苦しい。

ガンガン鳴ってる。変な鼓動。


「そうだね、知ってたよ、昴センパイのこと」


真夏くんがこくりと頷いた。


「言わなくてごめん。でもセンパイが走ってるところをおれ、見たことがあるんだ。去年のインターハイの決勝の、昴センパイが一番でゴールした、あのレース」


真夏くんが静かに言う。あたしは目を伏せたままで、それを聞いている。


「前に話したことあったよね。覚えてるかな、おれが自分を変えたときの話。それまでは輪から外れないようにって人に合わせてばかりだったけど、ある人を見つけてから、もっと自分のこと好きでいようって、決めたんだ。それから今のおれがいる。それからは、もう心がわー!ってなっちゃうこともない」


うん、覚えてるよ。真夏くんがそう教えてくれたこと。


『おれも、その人みたいな人でありたいって思ったんだよ』


だってさ、思ったんだ。真夏くんにそうまで思われてること、そんなにも輝いていられることがすごく羨ましいって。

どんな人なんだろうって思ったよ。わかんなかったけどさ、結局。

でもこれだけはわかってた。きっと、あたしとは、全然違う人なんだって。

そう思ってた。


「その人が、昴センパイなんだよ。昴センパイはだから、おれにとって憧れで、特別なんだ」