まだ誰もいない屋上で、柵に寄りかかって下を見ていた。
この場所からはグラウンドがよく見える。ピストルの音も聞こえる。さゆきが走っていて、その息遣いまでは、聞こえないけれど。
「昴センパイ」
後ろから声がした。振り返ると真夏くんがいた。
走って来たのかな、少しだけ頬が赤い。でもいつもどおり汗は掻いていない。涼やかで、眩しいくらいに透明。
「今日は昴センパイのが早かったね。おれも急いで来たんだけど」
真夏くんはあたしの隣に並ぶと、息をついてそう言った。ふわふわの髪は綿毛みたいに風の中に揺れている。真夏くんのまわりだけ、空気が他と違うみたい。あたしのまわりのそれよりも、乾いていて涼しい、とても穏やかな空気。
「ねえ昴センパイ、今度のね」
空を見上げながらそう何かを言いかけた。だけど、それをやめて、真夏くんはあたしの顔をじっと覗きこんだ。
真夏くんも結構鋭いなあと思う。ああでも今は、あたしが、ダメすぎるだけかも。
息、うまくできない。
「センパイ、どうしたの?」
少し心配そうな声と表情に、でも、どうしても目は合わせられなかった。
ああもう、こんなんじゃ、真夏くん余計に心配するかな。
バカだよあたし、ちゃんと笑えって。なんでもないよおはようって言えばそれでいいじゃん。なんで言えないんだろう。なんで顔見られないんだろう。
ねえなんで今あたし、こんなに、泣きたいんだろ。
「昴センパイ」
「真夏くん、あのね」
掴んだ柵は錆が多くて、手のひらにぎざぎざした感触が刺さる。
目に映るのは自分の手と、錆びだらけの柵と、屋上の縁と、グラウンド。