高良先生が、ひとつ小さな息を吐いた。まばたきのあとの表情は、いつもと同じそれだった。
「まあそれならいい。お前さ、確かバイトもしてないんだろ?」
「はい、まあ……夏休みになったら始めようかとも思ってるんですけど」
「いいよそんなのしなくって。遊べるうちから仕事してどうすんだ。なあ篠崎、ヒマならちょっと、頼みたいことがあるんだが」
頼みたいこと?
首を傾げるあたしに、高良先生はちょいちょいと手招きをする。
なんだろうと思いながら顔を近づけると、先生はあたしの手に何かを落として、小さな声で言った。
「これ、開けといてくんね? 約束してたんだけどさ、おれはこれから部活があるから」
あたしの右手の中。そこに落とされた冷たいそれは、1本の銀色の鍵。
目を合わせると、高良先生はイタズラ気な顔で人差し指を唇の前に立てた。
「言っとくけど、こっそりな。誰にも内緒だぜ」
「はあ……」
「じゃ、よろしく頼むな」
ポンとあたしの頭を叩くと、先生は席を立ってその場を離れた。
あたしはしばらくぽかんとしてから、首を傾げたまま、職員室を出た。