きみと繰り返す、あの夏の世界




あの夏の空は青く広く


焼け付くような太陽の熱も


彼がいれば苦じゃなかった


柔らかな笑顔が傍にあるだけで


私はとても幸せで


だから


この夏の先も


一緒にいたいの


彼の過ごした時間を


彼のいた夏を


私は なくしたくなんか


ない













◇◆君のいた夏◆◇











昨夜のことを思い出して、私はにやけそうになる口を引き結んだ。


『真奈(まな)ちゃんが観たいって言ったの、思い出したからさ』


電話越し。

水樹(みずき)先輩の柔らかい声でそう言われた時、すごく嬉しくて。


私が観たいと言っていた映画を覚えていてくれたこと。

その映画を一緒に観に行こうと誘ってくれたこと。


本当に嬉しくて……


一夜明けた今日、約束した待ち合わせの時間直前でも、思い出して口元が緩む始末。


というか、一年前の今頃、私は想像すらしてなかった。




高校に入学して2ヶ月ちょっと経った頃。

爽やかな初夏の風が吹く学校の屋上で……


『ごごご、ごめんなさいっ。まさか人が寝てるとは思わず!』

『……うん……痛い……』

『あわわっ、どうしよう。探し物してたとはいえ、気づかず踏んづけるなんて私ってばっ』

『ていうかさ』

『は、はい』

『今日、天気いいね』

『……は、い……そうです、ね?』


目を細めて穏やかに微笑む、マイペースな水樹先輩と出会って。




『あれっ、君は屋上で俺を踏んだ子だ』

『あの時はとんだ失礼をっ』

『俺、人に踏まれたのアレが初めて。よろしくね』

『へ?』

『今日から、俺と一緒に書記だろ?』


1年の秋に入った生徒会に水樹先輩がいて。


『ということで、バーベキューの買い出しはこの俺、生徒会長様のパワハラにより、望月(もちづき)真奈と影沢(かげさわ)水樹の両名に任命する』

『だってさ真奈ちゃん。頑張ってね』

『え、ちょ、水樹先輩も頑張ってくださいねっ?』


生徒会のみんなと一緒に過ごすうちに……


『来年の夏、水樹先輩はいないんですね』

『卒業しちゃうからね』

『……寂しいなぁ』

『それなら会おう。来年の夏も、夏と言わずいつでも。俺、真奈ちゃんといるの好きなんだ』


こんなにも、彼を好きになるなんて。




約束の時間まではあと5分。

待ち合わせ場所となっている映画館の前に、先輩の姿はまだない。


大きく息を吸い込んで、ドキドキと高鳴る鼓動を静めようと試みた。

その時、ふと視界に入ったのは映画館の上映スケジュールだ。

今日の日付は8月31日。

話題のアクション映画はもう終わったようで、スケジュールには載っていない。

そのせいなのか、はたまた夏休みが終わる直前というのもあるのか、今日の映画館は夏休み始めの頃の賑やかさが薄れて落ち着いていた。

私のように待ち合わせているカップルの姿も少ない気がする。


「……カップルって!」


うっかり私のようになんて思ってしまったけど、私と先輩はまだそんな関係じゃない。

デートだってちゃんとしたのは今日が初めてだ。


「デート……」




そうだ。

今日はデート。

大好きな先輩が、誘ってくれたデートなのだ。


ああ、ダメだ。

また意識しちゃって心臓がバクバクしてきた。


先輩が来るまでに少しでも落ち着けないと!


息を大きく吸って、吐いて……


吸って……吐いて……


吸って……



…………




──‥









ザワザワと、映画の感想を述べながらたくさんの人たちが映画館から出てくる。

私はそれを見送って、ため息を吐き出した。


約束の時間から3時間が過ぎて……


私はまだ、待ち合わせの場所に立っていた。


水樹先輩は来ていない。

携帯に連絡もない。

LINEで先輩に話しかけてみても、反応は何もなかった。

メッセージは未だ、既読になっていない。


もしかして嫌われるような何かをしてしまった?

それとも事故にでも?

先輩が事故にあうくらいなら嫌われた方がいい。

いや、嫌われるのも困るけど、先輩が痛かったり苦しむよりはいい気がする。