「それで……神隠しについて覚えてる事、だよね」
高杉さんの声に、畳の上に敷かれた座布団にお行儀よく正座している三重野先輩が頷いた。
次いで、三重野先輩の隣に座る会長が自分のスマホを操作して、図書室にあった文字を高杉さんに見せる。
「さっそくですけどこれ、高杉さんが書いたものですか?」
少し拡大されたその文字を見た高杉さんは、苦笑いを浮かべた。
「あー…これね。書いたのは覚えてるけど、どうして書いたのかは覚えてないんだ」
答えた高杉さんに、三重野先輩が問いかける。
「内容に覚えは?」
「書いた理由はわからないけど、神隠しの事ではあるよ。当時、誰かが言ってたんだ。何かに対する想いが強ければ強いほど、連れて行かれるって」
その事だと、高杉さんは話してくれた。
連れて行かれるとは、神隠しのことだろう。
強い想いが神隠しの原因になる、ということ?
じゃあ……高杉さんの彼女さんは、何か強い想いを抱えていたんだろうか。
私は、何か手がかりはないのかと、当時の事を聞こうと思い高杉さんに質問する。
「高杉さんは彼女さんを探しいていたんですよね?」
「らしいけど、あの頃のことはもう考えてもわからないんだ」
不思議だよねと、諦めたような笑みを口元に浮かべた高杉さん。
神隠しにあってしまうと、こんなにも存在が残らなくなるものなの?
好きな人まで、忘れてしまうの?
私は、向かいに座っている水樹先輩をチラリと見た。
どうしても、重ねてしまうのだ。
高杉さんと、私を。
高杉さんの彼女さんと、水樹先輩を。
だからだろう。
何か覚えてていて欲しいという勝手な想いが芽生えて、私はまた質問をぶつける。
「名前も覚えてないですか?」
すると、高杉さんは考えるように天井を仰ぎ見て。
「覚えてない……あ、いや、僕は覚えてないけどね。友達は"えっちゃんがいない"ってうるさかったって」
彼女さんのあだ名らしきものを口にした。
直後、私の隣に座っていた藍君の体がピクリと動いて。
「藍君?」
「……聞いたことがある気が、する」
藍君は、あの夜の校舎で女の人を見た時のような顔をしている。
赤名君はうちの学校にもそんなあだ名の子がいるかもと話してるけど……
もしかしたら、高杉さんの彼女さんと藍君は、無関係では……ない?
けれど、関係があるという確証も得られず。
「それじゃあ、気をつけて帰るんだよ」
私たちは、高杉さんの家をあとにした──‥
帰りの電車の中で、私たちは話し合った。
まず言えるのは、神隠しはただの噂ではなく、本当にあるのだということ。
高杉さんから聞いた話は曖昧なものが多かったけど、その人柄もあり、嘘ではないと全員が感じていた。
妄想や病気で騒いだ線もありえない。
だとすると、確かに、人が消えているのだ。
えっちゃんという、女生徒が。
そして、藍君が学校で見たという女性。
その人はもしかしたら、高杉さんが探していた彼女さんでは、という可能性。
だけど、やはりそれらをはっきりと確かめる手段はなく。
とりあえず、私たちは日が暮れる前に解散したのだった。
そして、週が明けた月曜日のこと。
朝、生徒会室に入ってきた赤名君が私たちに向かって両手を合わせて言った。
「皆さんの夏をお金に換えませんか! いや、換えましょう! 換えるチャンスですっ」と。
最後は拳を握り、選挙カーの上に立つ政治家みたいに話す赤名君。
そんな赤名君に、藍君が「で?」と何が言いたいのかを促した。
「つまり、皆さんにバイトを手伝って欲しいんです、僕」
……あれ?
バイトって……
私は思い当たることがあって。
「それって、海の家?」
あ、やばい。
「うぉっ。もっちーすっごい。何でわかったの?」
うっかり、覚えのある状況だったから質問してしまった。
「ほ、ほら。夏をお金に換えると言えば、ね? 海の家ですよねぇ?」
同意を求めて横に座っている水樹先輩に話を振ると。
「うん。この夏はプライスレス」
……どこかで聞いたような言い回しで返されてしまった。
けれど、その言葉が会長の胸に響いたのか。
「皆で海の家でバイトをする夏、プライスレス! オッケー、俺は喜んで手伝おう」
「さすが会長ですっ! では、皆さん、明日はよろしくお願いします!」
まだ会長しか了承してないのに勝手に全員参加にする赤名君。
けれど結局、皆特に予定がないということと、生徒会の仕事もひと段落ついているからということで、明日は生徒会全員で海に向かうこととなった。
それから、数時間後。
「水樹先輩、起きてください」
私は、別荘に引き続き、今日も水樹先輩を起こしている。
生徒会室には私と水樹先輩しかいない。
というか、帰宅の際、全員一緒に生徒会室を出たはずなのに、どうして水樹先輩がここにいるのか。
私はたまたま忘れ物をしたのを思い出して戻ってきたんだけど、まさかいるとは思わなかったからビックリ。
「水樹先輩」
もう一度声を掛けると、机にうつ伏せていた水樹先輩が「なにー…?」と言いながら体を起こした。
「ダメですよ、寝てたら」
「大丈夫。真奈ちゃんが起こしてくれるから」
寝起き声で言うと、水樹先輩は大きく伸びをする。
「何言ってるんですか。私が忘れ物して戻ってこなかったら、警備員さんにお世話になるコースじゃないですか」
「うん。でも、大丈夫なんだ。今日はここで寝ても平気な日」
……もう。
本当に水樹先輩はマイペースなんだから。
「忘れ物は?」
「鞄に入れましたよ」
「そっか。じゃあ、一緒に帰ろ」
ニコッと笑みを向けられて、一緒に帰れる嬉しさにニヤケそうになる。
それを誤魔化すように「歩きながら寝ないでくださいね」と冗談を言って笑うと。
「そうなったらまた起こしてね」
水樹先輩は楽しそうに声を返してきた。
そして、2人で廊下を歩いていると。
「あっれー。まだいたんだ?」
「赤名君」
白と青が基調になっているサッカー部の練習着を着た赤名君に出会った。
鞄を肩にかけた水樹先輩が口元に笑みを浮かべる。
「今日は部活だったんだ」
「そうです。お2人は?」
「忘れ物しちゃって」
「寝てた」
「まあ、どっちもらしいというか」
アハハと笑う赤名君。
──と、彼が手にしているペットボトルを見て私は少し驚いた。
「赤名君。そのジュースって、不味いって噂のだよね」
それは、校内の自販機にある、生徒の間でもチャレンジ商品になっているジュースだ。
「あー、これね。ホント不味いんだよね」
「じゃあなんで飲んでるの」
美味しくないのに飲むなんて意味がわからなくて思わず突っ込むと。
「これを会長が飲んでるのを見たことがあるから、毎日飲めば会長のようになれるって水樹先輩が」
赤名君は答えて、水樹先輩に視線を送る。
すると、水樹先輩はニッコリと笑って。
「ああ、それ冗談だよ」
赤名君を奈落に突き落とした。
「えええええええええっ!?」
絶叫する赤名君を見て、満足そうに微笑む水樹先輩。