一途なチワワは塩対応先輩に365回告白をする

「先輩、見てください!」
 
 二日間にわたる追試を終え、俺は、図書室へ入るや否やそう叫んだ。

「ごほん」

 咳のする方を見ると、司書さんがじろりと睨んでいる。
 俺はぺこぺこと頭を下げながら、先輩の元へ駆け寄った。

「先輩! なんと俺——ってその前に、今日も大好きです!」
「はいはい」

 もはや挨拶になりつつある告白を済ませると、俺はじゃじゃーん! とドヤ顔で手に持っていた五教科分の答案用紙を先輩に見せた。

「無事に追試受かりました!」

 満面の笑みで伝えると、隼人先輩は口端をわずかにあげた。

「やったじゃん」
「本当に隼人先輩のおかげです」
「それはマジでそう」

 隼人先輩はめくるめく勉強の日々を思い出したのか、苦笑いを浮かべる。

「お礼になんでもごちそうします!」
「後輩にたかる趣味ないっつーの」

 お礼を口実に、先輩と何か美味しいものでもと思っていたが、そんな簡単にはいかないか。わずかに肩を落としていると、先輩は机に広げていた参考書を手際よく片付けた。

「じゃ行くか」
「えっと、どこに?」

 図書室を出ていく先輩を追いかける。

「無事に追試もパスできたんだから、夏休み満喫しなきゃだろ。花村達がカラオケで待ってる。『追試合格おめでとう会』らしいぞ」

 さっきまで落ちていたはずの肩がぐっと持ち上がった。

「本当ですか?!」

 しかも隼人先輩と一緒にカラオケだなんて、楽しみすぎる。
 けれど同時に、別の心配がよぎった。

「えっと、ちなみにカラオケまではどうやって行くんですか?」
「なんで」
「電車に乗るのかなーって」
「いや、駅裏のとこだから、歩いて行くけど」
「よかった」

 小さく安堵すると、先輩は訝しげに俺を見た。
 その視線に気づいて、俺は咄嗟に話を変える。

「あの、でも、俺が追試落ちてたらどうするつもりだったんですか?」
「それは留年おめでとう会だろ」
「……危なかったー」

 他愛もない話をしながら、先輩と肩を並べて歩く。
 それだけで幸せで、胸がいっぱいになる。

 この恋が実らなくても、いい。
 こうしてそばにいられるだけで、想いを伝えることができるだけで、もうそれだけで俺には十分——なはずだった。

 なのに。
 夏休みが終わり、今日から二学期が始まるという今日。
 なぜか先輩は、俺を前に明らかに不機嫌そうに眉をひそめていた。

 始業式で、体育館に集まった三年生を見渡して、俺はすぐに隼人先輩を見つけた。
 方向音痴な俺だけど、隼人先輩を探すのは誰にだって負けない。
 きっとここが、渋谷のスクランブル交差点だろうが、マチュピチュだろうが俺は先輩をすぐに見つけ出せるだろう。
 追試のための勉強会以降、夏休みの間は会うことができなかったので、実に一ヶ月以上ぶりだ。
 久しぶりの告白に胸を躍らせ先輩の元へかけると、なぜか先輩はすこぶる機嫌が悪かった。

「……なんの用だよ」

 突き放すように言われた言葉に、思わず狼狽える。

「あの、隼人先輩……どうしたんですか?」

 何か気に障るようなことをしてしまっただろうか。
 どうしよう。心当たりがありすぎる。
 最後に会ったカラオケの日、もう夏休みに会うことはできないだろうからと、好きですを言いまくったからだろうか。もしかしたら、俺のキモさに気づいたのかもしれない。
 もしくは先日の勉強会で、俺のあまりの頭の悪さに辟易したとか?
 
 どれが先輩を怒らせてしまったんだと頭を悩ませていると、先輩はふんっと顔を逸らしながら言った。

「お前、なんで夏休み連絡よこさなかったんだよ」
「……え?」

 まるで問い詰められるような強い口調に、俺は思わず目を瞬かせた。
 連絡って、何か約束でもしてたっけ?
 状況が飲み込めてない俺に、隼人先輩は一層ふてくされる。

「花村とはやり取りしておいて、俺には何もしないのかよ」
「あの、それは……」

 確かにこの夏休み、花村先輩とは何度か連絡を取った。
『最近元気?』だとか、『今何してる?』といった花村先輩からの連絡に返事をしただけだが、それが一体、どうしたというのだろう。
 隼人先輩がフンッと視線を逸らす。

「……わざわざ連絡先教えたんだから、連絡して来いよ」
「すみません。連絡は勉強のお邪魔になるかと思って」

 だって先輩は受験生だ。夏休みは受験の天王山ともいうし。
 俺は先輩の迷惑になることはしないと決めている。

「迷惑だと思ったら教えねーよ。夏休み前まで毎日告白されてたから、逆に告白されないと、なんかめちゃくちゃ調子狂ったわ」
「えっと、それは……、俺からのメッセージ、待ってたんですか?」

 恐る恐る訊ねると、隼人先輩は即答した。

「待ってはない」

 そうですよね、調子乗りすぎました。
 先輩が俺の連絡を待っているなんて、そんなわけないじゃないか。

「待ってはないけど、……いつ来るかなって気にはなってた」

 先輩、それを待っていたというんですよ!
 そう喉元まで出かけた言葉を飲み込んで、俺は口元を緩めた。
 俺に会っていなかった間、少しでも先輩が俺のことを思い出してくれたことが、素直に嬉しい。
 だって、俺の存在が少しは先輩の中で大きくなっている証拠だろう。
 俺はにやけたくなるのを必死で我慢した。

「あの、スマホで告白しなかったのは、もちろん先輩の受験勉強を邪魔しちゃいけないって思ったからなんですけど、一番は、大切な一回の告白を、ちゃんと先輩の顔を見て言いたかったからなんです」

 俺の告白には制限がある。残りはあと百九十九回。
 その一回をスマホの文章なんかで伝えるのはもったいないから。

「会ったときにちゃんと伝えたくて、だからスマホでは送らなかったんです」

 そう伝えると、さっきまで険しかった先輩の顔が、ゆっくりと解れていった。

「……まぁ、そういうことなら許してやるか」

 なんだか少し上機嫌にも見えるその横顔に見惚れていると、先輩が俺に向かって手のひらを差し出した。

「じゃあ、どうぞ」
「……わん?」

 お手ってことだろうかと、隼人先輩の手に自身の手をのせて吠えてみると、先輩は笑いながら首を振った。

「違うっつーの。今日の分だよ。ほら、直接言うんだろ?」

 長い前髪から覗く瞳に見つめられる。俺はめいっぱいの笑顔を浮かべた。

「先輩今日も大好きです!」
「ん」

 先輩は僅かに口端を上げる。
 百六十七回目の告白も、OKはもらえなかった。
 それでも、今日はいつもより少しだけ特別な気がした。