自分でもほとんど無意識でこぼれた言葉にハッと我に返る。けれど時すでに遅し。目の前の先輩の表情が、一瞬で変わる。
「……お前だれ? てか、好きってなに。冗談なら全然笑えねーんだけど」
「あ、あの、俺……」
あまりの剣幕に、言葉が喉元で絡まる。
隼人先輩は、長身なことも相まって、すごまれると迫力がすごい。
でも、こんなところで負ける俺じゃない。
男である隼人先輩を好きになったあの日から、軽蔑されるのも覚悟で告白すると決めたじゃないか。
俺は震える手をぎゅっと強く握りしめ、大きく息を吸い込んだ。
「あの、俺、一年の千羽 渉って言います! 先輩に会うために……、先輩に会って告白するために、この高校に入学しました。あの、俺と付き合ってくださいっ!」
挫けそうな気持を声量でカバーする。
深々と頭を下げると、少しの沈黙のあとに、くすくすと笑い声が聞こえた。
明らかに隼人先輩の声ではないその声に咄嗟に顔を上げると、先輩の両隣に二人の男子生徒が立っていた。
「あはは。俺らのことは、完全にアウトオブ眼中だね」
「こんな目の前で、人の告白見たことないから新鮮だな」
隼人先輩の右隣で、糸目の穏やかそうな男が軽やかに笑い、その反対で、短髪の男が感心するように頷いた。
完全に隼人先輩しか見えていなかった。
俺は、咄嗟に頭を下げる。
「す、すみません。先輩しか見えてなくて、お一人かと思ってました」
謝りながら、顔が青白む。だって、噂になったらどうしよう。
俺が男に告白したということが周りに知られるのは別にいい。だって事実だ。
でも、先輩が男に告白されたことが周りに知られてしまうのは話が別だ。
男に告白されたってだけで、揶揄われたり、変な噂を流されたりするかもしれない。
先輩が好奇の目でさらされるのは、本意ではない。
先輩に迷惑をかけないように告白をするつもりだったのに。
申し訳なさが募って涙がにじむ。
もういっそのこと、ボロボロになるまで罵倒して振ってください。そう祈った俺の耳に聞こえたのは想像とは違う言葉だった。
「お前、さっきのマジ?」
「へ?」
「俺に会うために入学してきたってやつ」
「あ、はい! 先輩に一目ぼれしてからずっと、告白するためだけを胸に受験勉強も頑張りました」
できるだけ思いが伝わるように、心をこめてそう言うと、隼人先輩はさっきまでの蔑むような視線を解き、まっすぐに俺を見下ろした。
「ごめん、無理」
まるで俺の恋心を跡形もなく打ち砕くかのような、はっきりとした口調だった。
見事に惨敗。
振られることはわかっていた。だって先輩は男。きっと俺は恋愛対象じゃない。分かっていたけど、でもだからと言って傷つかないわけじゃない。
俺は沈む気持ちを隠すように、できるだけ笑顔を繕った。
「そうですよね。男に告白されるなんてきもいですよね。すみませんでした! でも俺、想いを伝えられてよかったです。ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げると、重力に従うように目頭に涙が集まりかける。鼻がつんと痛んだそのとき、先輩の声が降ってきた。
「違う」
「……違う?」
咄嗟に顔を上げる。
「いや、別にお前が男だからどうこうじゃなくて。俺、誰かと付き合うとか、そもそも恋愛とか、そういうの興味ねーんだわ。だから別に、きもいとかは思ってない」
ぶっきらぼうながらも、想像以上に真摯な返事に胸がときめく。心臓がこれでもかってくらい痛い。
だって先輩は塩対応で有名なのだ。だからイメトレの中ではいつも、『男に告白されるなんて、気持ち悪いんだよ』『二度と俺のこと見んじゃねーぞ』と罵られてきた。
その覚悟で告白をした。
けれど目の前の先輩は、俺の性別を抜きにちゃんと返事をくれた。その優しさが胸に響く。
そうだ。
だから俺はこの人を好きになったんだ。
俺はあの日、先輩のこの優しさに惹かれたんだ。
「お前もっと優しく伝えろよ。かわいそうだろ」
隣にいた短髪先輩が、隼人先輩の頭をはたく。
「ごめんねー。こいついつもこうなの。でも君だけにじゃなくて、女の子にもいつも塩対応だから。もうモテすぎちゃって女子が苦手なまであるし」
振られた俺を哀れんでか、糸目先輩が必死にフォローしてくれる。
「おい、余計なこと言わなくていいんだよ」
隼人先輩は糸目先輩をじろりと睨むと、「まぁでも、そういうことだから」と言って、そのまま俺の横を通り過ぎようとした。
「あのっ!」
声と同時に、気づけば俺は隼人先輩の腕をつかんでいた。
「本当に関係ないんですか?」
「え?」
「男なの……、本当に関係ないんですか?」
「え? ああ、そうだな。俺、そもそも女も嫌いだし」
その言葉に、体の底から突き上がるような感情を覚えた。
もし少しでも可能性があるなら、諦めたくない。
「大丈夫です!」
先輩の腕をつかむ手にぎゅっと力が入る。
「……大丈夫ってなにが」
「振ってもらって全然大丈夫なので、先輩が卒業するまであと一年、俺に毎日……、三百六十五回、告白させてください! お願いします!」
だって、男が無理じゃないのなら、俺にも少しでも可能性があるのなら、その可能性に縋りたい。
俺の唐突な提案に、先輩は呆れたように眉をひそめる。
「三百六十五回ってお前、一年のつもりだろうけど、土日も夏休みも告白するつもりか?」
たしかに。さすがに毎日告白するのは無理だ。
いや、俺はできるけど、土日まで俺に付きまとわれたら先輩もしんどいだろうし、それこそストーカーだ。先輩の迷惑になることはしたくない。
「えっと、じゃあ一日二回の日も、三回の日もあるかもですが、先輩が卒業するまでの間、一年分の告白をさせてください!」
食い気味で言い直すと、隼人先輩の眉間が一層深まった。多分もうめちゃくちゃに引かれてる。
「いくら伝えられたって、俺はお前のこと好きにはならねぇよ?」
「それでも構いません!」
「いや、でも……」
言いよどむ隼人先輩を前に、断られたらどうしようと、先輩の腕をつかむ手が震えたそのとき。
「いいじゃん。伝えさせるだけ伝えさせてあげれば」
「そうだよ。別に付き合ってくれって言われてるんじゃないんだし。告白するのは、彼の自由でしょ」
短髪先輩と糸目先輩が、助け舟を出してくれた。
名前も知らない先輩たちに、心の底から感謝する。
「あーもう、わかったよ。勝手にしろ」
隼人先輩は露骨に顔をゆがませると、俺の手を振りほどいた。
「ただし、お前を好きになることなんて絶対にねーからな。告白するだけ時間の無駄だぞ」
「はい、肝に銘じます!」
お前なんか絶対に好きにならない。そう言われたはずなのに、まるで告白をOKされたかのように満面の笑みになってしまう。
そんな俺を見て、糸目先輩がにこりと笑った。
「よかったね、チワワくん」
「へ? チワワ?」
チワワって、誰のこと?
首を傾げる俺を、糸目先輩が楽しそうに見る。
「だって君、小さくて、目をウルウルさせて、きゃんきゃん吠えて。小型犬みたいなんだもん。ほら名前も似てるし」
糸目先輩の隣で短髪先輩もうんうんと頷いている。
チワワみたいなんて初めて言われた。
たしかに小柄なほうだけど、せめて柴犬とかの方がまだよかった。だってチワワって男としてどうなんだ。
「てか、お前一年だろ。入学式はいいのか? もう始まってるけど」
「あ!」
隼人先輩の声に、今日が入学式だということを思い出す。同時に今が迷子の最中だということも。
「なに、もしかしてさぼり?」
「違います! あの、俺はその……。一年生の下駄箱がわからなくて、迷子になってまして……」
情けなさに声が小さくなる。
だって高校生にもなって迷子。しかも学校の中で。
恥かしさで顔が燃える。その様子を隠すようにわずかに俯いたとき、隼人先輩の弾んだ声が降ってきた。
「ったくお前、どんくさいのかよ」
思わず視線をあげると、先輩がくしゃりと笑っていた。
そこにあるのは、一年前俺が見たあの笑顔。
けれど先輩はすぐにいつもの不機嫌そうな顔に戻ると、くるりと踵を返して歩き出した。
数歩進んだところで、隼人先輩は振り返って俺を見た。
「遅ぇよ。はやく行くぞ」
「え?」
どういう意味だろう。
わけがわかっていない俺に、糸目先輩がそっと耳打ちをする。
「案内してあげるってことだよ」
「…………!」
俺は急いで隼人先輩の後ろまで走った。
「ありがとうございます!」
「……別に。どうせこっちに用があったし」
隼人先輩は相変わらず素っ気ない。
でも俺にはそれがどうしても塩対応には思えない。だってこんなにも優しさが滲んでいる。
——やっぱりこの人が好きだな。
だから、今日も明日もその先も。先輩が卒業するまであと一年。一生懸命この想いを伝えよう。
俺と先輩の一年は、こうして始まった。
「……お前だれ? てか、好きってなに。冗談なら全然笑えねーんだけど」
「あ、あの、俺……」
あまりの剣幕に、言葉が喉元で絡まる。
隼人先輩は、長身なことも相まって、すごまれると迫力がすごい。
でも、こんなところで負ける俺じゃない。
男である隼人先輩を好きになったあの日から、軽蔑されるのも覚悟で告白すると決めたじゃないか。
俺は震える手をぎゅっと強く握りしめ、大きく息を吸い込んだ。
「あの、俺、一年の千羽 渉って言います! 先輩に会うために……、先輩に会って告白するために、この高校に入学しました。あの、俺と付き合ってくださいっ!」
挫けそうな気持を声量でカバーする。
深々と頭を下げると、少しの沈黙のあとに、くすくすと笑い声が聞こえた。
明らかに隼人先輩の声ではないその声に咄嗟に顔を上げると、先輩の両隣に二人の男子生徒が立っていた。
「あはは。俺らのことは、完全にアウトオブ眼中だね」
「こんな目の前で、人の告白見たことないから新鮮だな」
隼人先輩の右隣で、糸目の穏やかそうな男が軽やかに笑い、その反対で、短髪の男が感心するように頷いた。
完全に隼人先輩しか見えていなかった。
俺は、咄嗟に頭を下げる。
「す、すみません。先輩しか見えてなくて、お一人かと思ってました」
謝りながら、顔が青白む。だって、噂になったらどうしよう。
俺が男に告白したということが周りに知られるのは別にいい。だって事実だ。
でも、先輩が男に告白されたことが周りに知られてしまうのは話が別だ。
男に告白されたってだけで、揶揄われたり、変な噂を流されたりするかもしれない。
先輩が好奇の目でさらされるのは、本意ではない。
先輩に迷惑をかけないように告白をするつもりだったのに。
申し訳なさが募って涙がにじむ。
もういっそのこと、ボロボロになるまで罵倒して振ってください。そう祈った俺の耳に聞こえたのは想像とは違う言葉だった。
「お前、さっきのマジ?」
「へ?」
「俺に会うために入学してきたってやつ」
「あ、はい! 先輩に一目ぼれしてからずっと、告白するためだけを胸に受験勉強も頑張りました」
できるだけ思いが伝わるように、心をこめてそう言うと、隼人先輩はさっきまでの蔑むような視線を解き、まっすぐに俺を見下ろした。
「ごめん、無理」
まるで俺の恋心を跡形もなく打ち砕くかのような、はっきりとした口調だった。
見事に惨敗。
振られることはわかっていた。だって先輩は男。きっと俺は恋愛対象じゃない。分かっていたけど、でもだからと言って傷つかないわけじゃない。
俺は沈む気持ちを隠すように、できるだけ笑顔を繕った。
「そうですよね。男に告白されるなんてきもいですよね。すみませんでした! でも俺、想いを伝えられてよかったです。ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げると、重力に従うように目頭に涙が集まりかける。鼻がつんと痛んだそのとき、先輩の声が降ってきた。
「違う」
「……違う?」
咄嗟に顔を上げる。
「いや、別にお前が男だからどうこうじゃなくて。俺、誰かと付き合うとか、そもそも恋愛とか、そういうの興味ねーんだわ。だから別に、きもいとかは思ってない」
ぶっきらぼうながらも、想像以上に真摯な返事に胸がときめく。心臓がこれでもかってくらい痛い。
だって先輩は塩対応で有名なのだ。だからイメトレの中ではいつも、『男に告白されるなんて、気持ち悪いんだよ』『二度と俺のこと見んじゃねーぞ』と罵られてきた。
その覚悟で告白をした。
けれど目の前の先輩は、俺の性別を抜きにちゃんと返事をくれた。その優しさが胸に響く。
そうだ。
だから俺はこの人を好きになったんだ。
俺はあの日、先輩のこの優しさに惹かれたんだ。
「お前もっと優しく伝えろよ。かわいそうだろ」
隣にいた短髪先輩が、隼人先輩の頭をはたく。
「ごめんねー。こいついつもこうなの。でも君だけにじゃなくて、女の子にもいつも塩対応だから。もうモテすぎちゃって女子が苦手なまであるし」
振られた俺を哀れんでか、糸目先輩が必死にフォローしてくれる。
「おい、余計なこと言わなくていいんだよ」
隼人先輩は糸目先輩をじろりと睨むと、「まぁでも、そういうことだから」と言って、そのまま俺の横を通り過ぎようとした。
「あのっ!」
声と同時に、気づけば俺は隼人先輩の腕をつかんでいた。
「本当に関係ないんですか?」
「え?」
「男なの……、本当に関係ないんですか?」
「え? ああ、そうだな。俺、そもそも女も嫌いだし」
その言葉に、体の底から突き上がるような感情を覚えた。
もし少しでも可能性があるなら、諦めたくない。
「大丈夫です!」
先輩の腕をつかむ手にぎゅっと力が入る。
「……大丈夫ってなにが」
「振ってもらって全然大丈夫なので、先輩が卒業するまであと一年、俺に毎日……、三百六十五回、告白させてください! お願いします!」
だって、男が無理じゃないのなら、俺にも少しでも可能性があるのなら、その可能性に縋りたい。
俺の唐突な提案に、先輩は呆れたように眉をひそめる。
「三百六十五回ってお前、一年のつもりだろうけど、土日も夏休みも告白するつもりか?」
たしかに。さすがに毎日告白するのは無理だ。
いや、俺はできるけど、土日まで俺に付きまとわれたら先輩もしんどいだろうし、それこそストーカーだ。先輩の迷惑になることはしたくない。
「えっと、じゃあ一日二回の日も、三回の日もあるかもですが、先輩が卒業するまでの間、一年分の告白をさせてください!」
食い気味で言い直すと、隼人先輩の眉間が一層深まった。多分もうめちゃくちゃに引かれてる。
「いくら伝えられたって、俺はお前のこと好きにはならねぇよ?」
「それでも構いません!」
「いや、でも……」
言いよどむ隼人先輩を前に、断られたらどうしようと、先輩の腕をつかむ手が震えたそのとき。
「いいじゃん。伝えさせるだけ伝えさせてあげれば」
「そうだよ。別に付き合ってくれって言われてるんじゃないんだし。告白するのは、彼の自由でしょ」
短髪先輩と糸目先輩が、助け舟を出してくれた。
名前も知らない先輩たちに、心の底から感謝する。
「あーもう、わかったよ。勝手にしろ」
隼人先輩は露骨に顔をゆがませると、俺の手を振りほどいた。
「ただし、お前を好きになることなんて絶対にねーからな。告白するだけ時間の無駄だぞ」
「はい、肝に銘じます!」
お前なんか絶対に好きにならない。そう言われたはずなのに、まるで告白をOKされたかのように満面の笑みになってしまう。
そんな俺を見て、糸目先輩がにこりと笑った。
「よかったね、チワワくん」
「へ? チワワ?」
チワワって、誰のこと?
首を傾げる俺を、糸目先輩が楽しそうに見る。
「だって君、小さくて、目をウルウルさせて、きゃんきゃん吠えて。小型犬みたいなんだもん。ほら名前も似てるし」
糸目先輩の隣で短髪先輩もうんうんと頷いている。
チワワみたいなんて初めて言われた。
たしかに小柄なほうだけど、せめて柴犬とかの方がまだよかった。だってチワワって男としてどうなんだ。
「てか、お前一年だろ。入学式はいいのか? もう始まってるけど」
「あ!」
隼人先輩の声に、今日が入学式だということを思い出す。同時に今が迷子の最中だということも。
「なに、もしかしてさぼり?」
「違います! あの、俺はその……。一年生の下駄箱がわからなくて、迷子になってまして……」
情けなさに声が小さくなる。
だって高校生にもなって迷子。しかも学校の中で。
恥かしさで顔が燃える。その様子を隠すようにわずかに俯いたとき、隼人先輩の弾んだ声が降ってきた。
「ったくお前、どんくさいのかよ」
思わず視線をあげると、先輩がくしゃりと笑っていた。
そこにあるのは、一年前俺が見たあの笑顔。
けれど先輩はすぐにいつもの不機嫌そうな顔に戻ると、くるりと踵を返して歩き出した。
数歩進んだところで、隼人先輩は振り返って俺を見た。
「遅ぇよ。はやく行くぞ」
「え?」
どういう意味だろう。
わけがわかっていない俺に、糸目先輩がそっと耳打ちをする。
「案内してあげるってことだよ」
「…………!」
俺は急いで隼人先輩の後ろまで走った。
「ありがとうございます!」
「……別に。どうせこっちに用があったし」
隼人先輩は相変わらず素っ気ない。
でも俺にはそれがどうしても塩対応には思えない。だってこんなにも優しさが滲んでいる。
——やっぱりこの人が好きだな。
だから、今日も明日もその先も。先輩が卒業するまであと一年。一生懸命この想いを伝えよう。
俺と先輩の一年は、こうして始まった。


