一途なチワワは塩対応先輩に365回告白をする

 卒業式が終わったあと、校門までの桜並木には、胸に花のコサージュを付けた卒業生でにぎわっていた。
 目を真っ赤に染めた俺は、その様子を少し離れた校舎の影から眺める。
 告白の残りはあと一回。それをしてしまったら、もう俺には先輩と関わる理由がなくなる。
 想いを伝えたい。でも、想いを伝えればこの関係が終わってしまう。
 改めて俺と先輩の関係は、告白するされるだけのものだったと気づいた。
 気づいたところでどうすることもできず、立ち尽くしていたとき、後ろから、はぁはぁと荒い息遣いが聞こえた。

「やっと見つけた……。なんでこんなところにいるんだよ」

声のする方を振り返ると、そこには隼人先輩がいた。

「あ……あの、ご卒業おめでとうございます」

 精いっぱいの笑顔を取り繕う。
 こんなところで泣いたら先輩が困ってしまう。そうわかっているのに、涙が瞳の縁に溜まっていく。

「先輩……、あの……」

 最後の告白を声にだそうとして、俺は口をつぐんだ。これを言ってしまったら最後。もう後には引けない。
 一生言わなければ、一生このままの関係でいられるのだろうか。そんな馬鹿な考えが頭をよぎる。
 けれど、先輩を前にすると、どうしたって想いがこみ上げる。先輩を前に想いを告げないなんて、そんなこと俺にできるわけがない。
 俺はぎゅっと手を握りしめると、満面の笑みを隼人先輩に向けた。

「俺、本当に本当に、隼人先輩が大好きでした! 今まで本当にありがとうございました。これが三百六十五回目の……最後の告白です」

 感謝の気持ちも込めて頭を下げると同時に、溜まっていた涙がこぼれた。ギリギリセーフ。隼人先輩に泣き顔はみられていないだろう。
 けれど、次から次に涙はこぼれて、いつまでも顔が上げられない。
 優しい先輩のことだ。泣いている顔を見たらきっと自分のせいだと思ってしまうだろう。それだけは避けたかった。
 涙が枯れるまでは顔を上げないぞと半ば意固地になっていると、俺の頭に隼人先輩の声が降ってきた。

「困るんだけど」
「そうですよね、こんなに告白されて先輩も困りましたよね」

 僅かに怒りが滲んだ声に、頭をさげたまま答える。
そうだ。最後はそのくらい塩対応で振ってくれ。俺の恋心がかけらもなく砕けるくらい。そうじゃないと隼人先輩を忘れられない。
 けれど、隼人先輩が続けて口にしたのは想像とは違う言葉だった。

「そうじゃなくて、最後だと困るって言ってんだよ」
「え」

 思わず顔を上げると、先輩は眉をひそめて下唇を突き出していた。
 なんで照れるんだろう。

「てかさ、大好きでしたってなんだよ。過去形かよ。もう俺のこと、好きじゃねーの?」
「……好きです。好きに決まってます!」
「うん。なら、どうぞよろしく」
「は?」

 さらりと告げられた言葉に俺は目を瞬いた。

「えっと、よろしくって……?」
「だから、つきあうんだろ?」

 何を当たり前のことを、とでも言いたげに隼人先輩は俺を見る。
 どういうことだろう。じっくり考えたいのに、頭は全く動かない。

「嘘だ」
「嘘じゃねーよ」
「だ、だって先輩、恋愛なんて興味ないって」

 そうだ、俺が初めて告白をしたとき、先輩ははっきり言ったのだ。
『付き合うとか、そもそも恋愛とか、そういうのきょうみねーんだわ』って。
 それから『お前を好きになることなんて絶対にねーからな』とも言ったし、『告白するだけ時間の無駄だぞ』とも。
 それなのに、俺と付き合うなんて、なにかの冗談に決まってる。

「ああ、興味なかったよ。でも、毎日毎日、来る日も来る日も想い伝えられてたら、気になってくるっつーの。最初は変な奴だなって思ってたはずなのに、いつからか気づけばお前のこと目で追ってる自分がいて、しかも可愛いって思うようになってたんだよ」
「先輩、俺のこと、可愛いって思ってるんですか?」
「……思ってちゃ悪(わり)ぃかよ。一生懸命で、いつだって前向きで。どんな時も笑ってるお前のこと、普通に……いや、めちゃくちゃ可愛いって思ってるよ」

 隼人先輩は、恥じらいもなくそう言ってのけた。

「あとこの際だから言っとくけど、花村とお前が夏休みメッセージやり取りしてたって聞いてむかついたし、お前のこと渉って呼ぶ友達にも嫉妬した。初詣の日、お前のこと迎えに行ったのだってお前のこと心配だって言いながら、実は二人でいたかったからだってこと分かってんのか?」

 やけくそなのか、思っていることを暴露する隼人先輩に、俺は目を瞬かせた。
 もはや怒られているのか、想いを告げられているのかもわからない。
 ていうかもしそれが本当なら、俺、相当先輩に愛されていないか?
 でも、そんな言葉を簡単に信じれる俺ではない。

「そんなこと言ってるけど、先輩、俺の告白毎回断ってたじゃないですか」

 そうだ。俺は今日まで三百六十四回先輩に告白して、その全部で振られてきた。いわば失恋のプロだ。今更やっぱり好きだなんて簡単には信じれない。
 けれど、先輩は平然と言ってのける。

「いや、俺途中から断ってないから」
「へ?」
「思い返してみろよ。俺、お前のこと振ってたか?」

 俺は入学式での告白から今に至るまで、記憶を振り返ってみた。
 確か、最初の頃は『断る』『無理』ってはっきり言われていた。
 けれどいつからか『ありがと』とか『ん』とか、曖昧な返事になっていたような気もする。
 ……もしかして、あれって断られてなかったのか?
 でも、だからと言って受け入れられていたわけでもない。

「確かに好きってはっきり自覚したのは最近だけど、きっと少し前からもうお前のこと、傷つけたくないって……大切にしたいって思ってたよ」
「でも、でも、信じません! だって、先輩が俺のことすきになるなんて……信じられません」

 正直、めちゃくちゃ嬉しい。嬉しいに決まってる。
 ずっとそうなれば良いなって思っていたから。
 なのに、頭はパニックで簡単には受け入れられない。

 だって、先輩が振ってなかったとしても、俺は昨日までの三百六十四回、先輩に告白するたびに振られきたと思っていたわけで。今日だってこれが最後の告白になると覚悟を決めてきたのだ。
 それなのに、いきなり『付き合う』だの『好き』だの言われても、頭が追い付くわけがない。
 あまりに俺に都合がよすぎる。ドッキリか夢じゃないと納得がいかない。

「あーもう、わかった!」

 隼人先輩はそう言うと、いきなり俺の手を握って引き寄せた。
 さっきまでの距離が一瞬にしてゼロになり、腰にはもう一方の先輩の手。簡単には逃がしてくれそうにない。
 顔を上げたすぐそこに、隼人先輩の整った顔が見える。長いまつげの一本一本が見えるほど近づいたのは初めてで、緊張で俺は慌てる。

「な、なんですか!」
「信じられないなら、信じさせてやるってこと。渉が三百六十五回、想いを伝えてくれた分、これからは俺がお前に告白するよ。もちろん三百六十五回な。じゃあまず一回目から」

 そう言うと、隼人先輩は俺をまっすぐに見つめた。
 
「渉、好きだ」

 声と同時に顔がゆっくりと近づいて、隼人先輩の唇が、そっと俺の唇に重なった。
 ただ触れるだけじゃなく、啄ばむようなキスにもうなにもかも溶けそうになる。
 唇がゆっくりと離れる。隼人先輩はどこか楽しそうに、口端を上げていた。

「残り三百六十四回、覚悟しとけよ」
「勘弁してください……」

 これがあと三百六十四回もあるなんて、俺にはとても耐えきれそうにない。

―了―