神々の食卓――御厨守をしていたら神様に求婚されました

 冬の神・氷魚の屋敷から戻ってからの白瞑は、表情が晴れやかだ。もしかしたら、晴よりすっきりしているかもしれない。
 晴はと言えば、どうにもすっきりしない気持ちを抱えていた。

(白瞑はお友達と仲直りできた。良いことなのに、心からおめでとうって言えない僕は、心が狭いのかな)

 そんなモヤモヤを心の片隅にずっと抱えている。

「晴、どうかした?」

 御饌を作る晴に、白瞑が声をかけた。

「え? なんで?」

 ドキリとして身構える。

「何となく。最近、表情が晴れないというか。元気がないと思って」

 図星を突かれて、晴は言葉に詰まった。

「そんなことないよ。全然元気だよ」

 笑って見せたら、白瞑にじっくりと見詰められた。あまりに無言で見つめ続けるので、目が逸らせない。

「あ、あの……白瞑?」
「私に隠し事をするの?」

 白瞑が悲しそうな顔をする。そんな顔をされたら、誤魔化せなくなった。

「あ……あのね。氷魚様のお屋敷に行った時に」
「氷魚に何かされたの?」

 白瞑が、晴の肩をがっしりと掴んだ。

「違うよ。何もされてない。そうじゃなくて、その……」

 言いづらくて、もじもじする。白瞑が晴の手を握った。

「何があっても、私は晴を手放しはしないよ」
「……嫌いに、ならない?」

 上目遣いに、控えめに聞いてみる。白瞑に抱きしめられた。

「きゅぅ」
「こんなに可愛い晴を、嫌いになんかなれるわけないよ」

 強めに抱きしめられて、息が漏れた。

「僕は、可愛くないよ。とっても可愛くない僕の話だよ」

 こんな気持ちは、きっと可愛くない。白瞑に幻滅されるかもしれない。

「それは、もっと興味があるな。聞かせて」

 白瞑が、晴の耳を優しく撫でた。

「あのね、えっとね……白瞑と氷魚様は、僕のことがある前は、仲が良かったんだよね?」
「んー、仲良しというか。この前、会った時みたいな感じだよ」

 やっぱり、喧嘩するほど仲がいいというやつだ。じわりと目が潤む。

「じゃぁ、とっても仲良しだね」

 思わず泣きそうな気持になった。

「仲良しっていうのか、わからないけど。私と氷魚の言い合いは日常会話ではあるんだけど……あれが仲良しに見えたの?」

 白瞑がバツの悪そうな顔をする。

「けど、まぁ。晴のお陰で交流が戻りそうだし、もう仲違はしないと思うけど……って、晴! 何で泣いているの?」

 晴の目からポロポロと涙が零れていた。

「白瞑が氷魚様と仲直りできて、良かったって思うんだ。なのに、僕、氷魚様が羨ましくて」
「……羨ましい?」

 白瞑が不思議そうに問う。
 しゃくりあげながら、晴は懸命に想いを伝えた。

「氷魚様に白瞑を取られちゃう気がして、怖くて。本当は仲直りおめでとうって言いたいのに、うまく言えない。ごめんね、白瞑」

 ぐすぐす泣いている晴を白瞑が呆然と眺めている。

「白瞑の一番になりたい。こんな我儘、全然可愛くないよ」

 白瞑の指が、晴の涙を拭った。伸びた腕が晴を包み込んだ。

「可愛い……今までで一番、可愛いよ」

 頬に流れた涙を白瞑の唇が吸い上げる。キスされているみたいで、ドキリとする。

「お祝い、できないのに?」
「だって、晴は私のことを、氷魚にとられたくないと思ってくれたんだよね?」
「……うん。白瞑の一番は僕がいいって、思っちゃった」

 目尻に溜まった涙も、白瞑の唇が吸い上げた。いつもより顔が近くて、ドキドキする。

「とっくの昔に、晴は私の一番だよ。晴以外に私はあげない」
「……本当に?」

 白瞑がニコリと笑んで頷いた。

「晴、あのね。そういう気持ち、嫉妬って言うんだよ。好きじゃないと生まれない気持ちだよ」
「嫉妬……これが、嫉妬なんだ」

 言葉では聞いたことがあっても、経験したことがなかった。

(氷魚様に嫉妬したんだ。僕……白瞑のこと、ちゃんと好きなんだ)

 そう思ったら、かっと顔が熱くなった。

「やっと晴の気持ちが私に向いてくれた。とても嬉しいよ」

 白瞑が安心したように呟いた。晴を抱く指も、声も、少し震えている。

「同じ気持ちをぶつけても、氷魚じゃなく私を選んでくれるんだね」
「僕は、白瞑がいい」

 交わした短冊も、御厨で一緒に御饌を作った思い出も、この屋敷での生活も。白瞑となら総てがキラキラ輝く。晴にとって宝石みたいな思い出だ。

 白瞑が晴の体を抱き寄せた。

「ありがとう、晴。私を見てくれて」

 白瞑が、優しく髪を撫でてくれる。その仕草が好きだ。笑った顔も、一緒にご飯を食べる時間も、好きだ。

「僕は、白瞑が好きだって思うよ。まだ、伴侶にはなれないの?」

 伴侶になれれば、神世に滞在できる時間の期限がなくなる。狭間に帰される懸念も消える。
 白瞑が抱きしめる腕を緩めた。晴と顔を合わせる。

「私の伴侶になるのと、御饌を作ること。どちらかを選べと言われたら、選べる?」
「え……?」
「今の質問に即答できないうちは、ダメ」

 白瞑が眉を下げて笑んだ。

「伴侶になったら、もう御饌は作れないの?」
「そうじゃないよ。ただね、私にとって晴は一番だ。けれど、晴にとって私はまだ一番じゃない」
「あ……」

 心臓が、ざわりとした。

「私の伴侶になれば、晴には色々な変化が圧し掛かる。それらを受け止める覚悟がないと、きっと後悔するから」
「覚悟が……足りない」

 きっと、そうなんだろうと思った。覚悟を決めるには、晴には知らないことも受け止める事実も多すぎる。

「焦らなくていいんだ。晴が覚悟を決める時間を作るために、神世で御厨守をする合意を、神々にもらっているんだから」
「そっ……か」

 白瞑は最初から全部わかった上で、待ってくれている。神世のルールも、晴の気持ちも。

「待たせっぱなしで、ごめん」
「謝らなくていいんだよ。先走って晴を連れてきたのは、私なんだから」

 白瞑が晴の鼻を、ちょんと突いた。

「先走るくらいには、誰にも渡したくなかったんだ」

 晴は、ぐっと唇を噛んだ。また目が潤みそうになるのを耐えた。

(白瞑の言葉、こんなに嬉しいのに。その気持ちだけじゃ、ダメなんだ。僕も白瞑が欲しいのに)

 今の晴がそれを言うのは、狡い気がした。

「僕、もっともっと自分の気持ちも覚悟も、探してみるからね」
「ありがとう。私のために頑張ってくれる晴が、大好きだよ」

 白瞑と同じ温度で大好きと言いたい。だから今は、その言葉を飲み込んだ。