至高の一匙――オッサン料理人、人生後半で獣人の子供を育てる

 まさに快晴、今日は食材ハント日和だ。
 大剣を背負って、タツキは晴と共に西の森に来ていた。
 森の中を晴の手を握って慎重に歩く。

「ガルガル猪の生息地より更に奥に入るぜ。あの辺りは他にも危険な魔物や獣がいるから、俺から離れんなよ」
「うん、わかった」

 晴が繋いだ手を握り直した。
 急激に伸びた身長は、最近になって落ち着いた。成長には波があるらしい。
 とはいえ、手を繋ぐのを恥ずかしがる年頃に見えるのだが。晴はタツキと手を繋ぎたがる。
 
「そういや聞いていなかったが、晴は自分の歳、わかるのか?」

 獣人の捨て子は自分の年齢を把握していない場合が多い。
 踏み込んだ話をして傷付けたくなくて、聞かずにいた。

「……多分、八歳くらい、かな」

 晴が首を傾げた。

「そうか。まぁ、そんなもんだよな」

 タツキの所に来てからの成長速度や読書好きな様子からして、それくらいなのだろう。
 手を繋ぎたいお年頃でもあるだろう。

(どれくらい一人でいたのか、わからねぇが。栄養が足りねぇと獣人は、あからさまに身体的成長が止まるらしいからな)

 タツキの店に来て、美味しいものを食べて急成長したなら、タツキとしても誇らしい。

(晴を立派に成長させたのは、俺の飯だな)

 タツキは得意な気持ちになった。
 そんな話をしているうちに、森の空気が変わってきた。

「随分、奥まで来たな。晴、太い木の枝の根元をよく見とけ。巣があるはずだ」
「うん」

 しっかり頷いて、晴がきょろきょろと周囲を窺う。
 小さな耳が、ぴくぴくと動いて音を探っている。

「師匠、あそこ!」

 少し離れた木の葉が、ざわりと動いた。
 ばさり、と葉が揺れる音がして、カラスうずらが現れた。
 大きく羽を広げると飛び立っていった。

「あんな遠くの気配を察知するたぁ、さすがだぜ、晴」

 耳の良い獣人ならではだ。
 人の耳では聞こえないし、目視ではもっと見付けられない。
 タツキは晴の頭を撫でた。晴が嬉しそうに微笑んだ。

「うふふ、褒められた」

 二人は気配を殺しながら、そっとカラスうずらの巣に近付いた。
 大樹の根元で巣を見上げる。

「間違いねぇな。親鳥も離れているし、今がチャンスか」
「僕、木登り得意だよ。僕が取ってくる」

 卵を入れるケースを肩から下げて、晴が意気込んだ。
 早速、木に手をかける晴の襟首を掴んで止めた。

「待て待て。巣にも何かいるかもしれねぇ。危ないから俺が行ってくるよ」

 晴がフルフルと首を振った。

「僕、獣人だもん。師匠より木登り、得意だもん」

 晴が鼻息荒く意気込んでいる。

(あらら、意固地になっちゃった)

 普段は素直で賢い晴だが、スイッチが入ると止まらない時がある。
 一人でやり遂げたいモードに入っている。
 タツキは枝の上を見上げた。

(親鳥は二羽ともいねぇか。静かだし、蛇と出くわさなけりゃ、大丈夫か)

 仮に蛇と出くわしても、下から援護射撃ができる。

(大会まで日がねぇ。ここで卵を逃せば、試作が間に合わなくなる)

 わずかな焦りが、タツキの判断を緩ませた。
 
「わかった。んじゃ、頼むな。無理はすんなよ。危険なら、すぐに降りて来い」
「わかった!」

 ぱっと顔を明るくして、晴が木に飛び移った。
 スルスルと簡単に昇っていく。あっという間に小さくなった。

「本当に、俺より早ぇや。さすが獣人だね」

 晴の姿を見上げる。
 既に巣の中を覗き込んでいた。

「師匠、あったよ! ケースに入れるね!」

 晴が大きな声で叫んだ。

「馬鹿、あんまり大きな声を出すな!」

 晴が卵を大事そうに取りながら採集ケースに収めていく。
 タツキは周囲の気配を窺った。

(カラスうずらは音に敏感だ。今の声でこっちの気配を察知されたら……)

 晴が卵の採集を終えて、ケースを閉じた。

「早く降りて来い、晴」
「わかった……!」

 晴の耳がくりくりと動く。その顔が蒼褪めた。

「晴……?」

 突風が逆巻いた。周囲の木々や草を巻き込んで吹き荒れる。
 
「師匠、後ろ!」

 晴の声と、タツキが飛び退いたのは同時だった。
 ビュッと何かを吐き出す音と共に、地面の土が紫色に変色した。

「カラスうずらの毒魔法か」

 タツキは剣を抜いた。
 刀身に魔力を纏わせる。魔力を剣先に集中させて、思い切り振り被った。

「白刃一閃!」

 飛んで行った白い刃が、カラスうずらの片翼を切り落とした。
 カラスうずらの大きな体が、地面に落ちた。
 地響きと共に、土煙が舞う。流れた血が地面を汚した。

「悪ぃな。お前も有難く、美味しくいただくぜ」

 タツキはカラスうずらの胸に剣を突き立てた。
 その目から、生気が消えた。
 
「きゅっ! きゅきゅっ!」

 樹上から晴の声がして、タツキは頭を上げた。
 カラスうずらが晴を嘴で突いている。
 晴が懸命に威嚇している。

「もう一羽の親鳥か……晴!」

 カラスうずらがその大きな嘴を開いた。晴を飲み込もうと迫る。
 
「ちっ!」

 タツキは膝を折って深く体を沈み込ませた。

(これやると、次の日、膝が笑うんだが。言ってらんねぇ!)

 足下に魔力を集中して溜める。足のバネと連動して、思い切り飛び上がった。
 晴と同じ高さまで飛び上がる。

「晴! 手を伸ばせ!」
「師匠!」

 晴が懸命にタツキに向かって腕を伸ばす。
 その腕に向かい、カラスうずらが嘴を向けた。

(マズい、毒魔法が来る)

 足下の魔力で軌道を変え、タツキは晴に寄った。
 右腕で晴の体を引っ張る。すぐに後ろに下がった。
 左手に持った剣先に魔力を溜めると、一気に放った。

「骨断ち!」

 剣先から無数の魔力の光が躍り出る。カラスうずらの体中に石礫のようにぶつかった。
 その瞬間、嘴から紫色の液体が放出された。避けきれず、タツキの左腕にべったりと纏わりついた。

「くっそ」

 カラスうずらの体が地面に落ちる。土埃の中で、バタバタと痙攣していた。だがすぐに、動かなくなった。

「晴、大丈夫か?」

 腕の中の晴を見下ろす。見える範囲で怪我などはないようだ。
 プルプル震える晴が、タツキの左腕を凝視していた。

「僕は、平気。だけど、師匠の、腕が」

 タツキの腕はカラスうずらの毒魔法が染み込んで、紫色に変色していた。

「これな、大丈夫だ。死ぬほど強い毒じゃねぇよ」

 足下の魔力を弱めて、ゆっくりと地面に下りる。

「本当に大丈夫? 毒なんでしょう?」

 晴が涙目でタツキに縋る。
 タツキはリュックに入れておいた毒消し回復薬を取り出して、一気に飲んだ。

「カラスうずらの毒は神経系の麻痺毒だ。回復薬を飲んでおけば、これ以上は広がらねぇよ」
「腕は……? 師匠の腕は、どうなっちゃうの?」
「んー……」

 タツキは言い淀んだ。
 自分でもショックだが、それ以上に晴が気にするだろうと思ったからだ。

(けど、誤魔化すわけにもいかねぇか)

「左腕は、今も痺れて感覚がねぇ。力が入らねぇな。ま、右手じゃなくて良かったよ」
 
 晴の目が潤んで、ポロポロと涙を流した。

「ごめんなさい。僕が大声出したから、師匠に負担かけちゃった。ごめんなさい」

 タツキの左手に触れようとする晴の手を、そっと握る。

「晴のせいじゃねぇよ。卵を狙えばカラスうずらは襲ってきた。アイツらは肉食だから、晴を食おうとしたろうぜ。そうなったら俺は、どんな状況でも晴を助けたよ」

 晴がフルフルと首を振った。

「でも、でも……師匠の腕が。この腕じゃ……」

 晴も気が付いている。
 指先まで痺れて力が入らない左腕では、料理はできない。
 
「首都に戻ったら、診療所で診てもらうさ。治癒術師の回復術なら、どうにかなるだろ。心配すんな」
「本当に?」

 晴の心配そうな目が、タツキを見上げる。
 こういう時の晴は、やけに鋭い。

(この時期のカラスうずらの毒は、解毒が難しいんだよな)

 放置しても自然治癒するが、抜けるのに二ヶ月は掛かる。
 豊穣祭の料理大会は二週間後だ。

「本当だよ。それより、卵は無事か?」

 疼く左腕を隠しながら、晴の意識を卵に向ける。
 晴がケースを開けて卵を確認した。

「うん、七個全部、割れてない」

 涙を拭いながら、晴が卵を数えた。

「よし、よくやった。食材ハントは達成だ。親鳥の肉も、美味しく使うぞ」

 タツキは二羽のカラスうずらに縄をかけた。
 引き摺っていけないので、空間ボックスに収納する。

「カラスうずらは卵が絶品だけど、鶏肉も美味いんだぞ。焼き鳥とか、親子丼とかなぁ」

 タツキは晴に手を伸ばした。

「さぁ、帰ろう。卵は晴が大事に運ぶんだぞ」
「うん、ちゃんと運ぶ」

 晴が採集ケースをお腹の前に持ってくると、右手で抱える。
 左手で、タツキの手を握った。
 まだスンスンと鼻を啜っている。

「僕、少しだけ森に棲んでいたから、もっと役に立てる気がしてた。でも、ダメだった」

 晴がぐりっと涙を拭った。

「僕が、一緒に来なきゃよかった。行きたいなんて言って、ごめんなさい」

 シュンと晴の耳が寝る。尻尾もすっかり下がっている。

「連れて行くって決めたのは、俺だ。食材ハントは魔獣との戦闘込みだ。こんなことはよくあるぜ。晴は気にしなくていいんだよ」
「ん……」

 晴の顔が今にも泣き出しそうだ。
 手を握っていると、頭を撫でてやれない。
 心細そうにする晴の手を強く握りしめた。