至高の一匙――オッサン料理人、人生後半で獣人の子供を育てる

 タツキは悩んでいた。

「ガルガル猪は確保したけど。あとは……どうするかねぇ」

 ノートを前にして、ペンが空を泳ぐ。

「師匠、どうしたの?」
 
 風呂から上がった晴が後ろから覗き込んだ。

「ん? いやな。豊穣祭の料理大会に出す料理をどうするか、考えているんだけどなぁ」
「豊穣祭? 料理大会?」

 晴が不思議そうに首を傾げた。

「あぁ、晴は知らねぇか。春待国では何十年かに一度、豊穣祭っていうのをやるんだよ。御宿石様を鎮めて、豊かさをいただくためにな」
「御宿石様って、何十年かに一度蘇って、封じなきゃいけない神様だよね」

 晴が怯えた顔をする。

「中津公国にとっては、御宿石様は祟る神であり、豊穣の神でもある。だから封じもするし崇敬もするんだ」

 封じの儀式と豊穣の儀式は交互に行われる。
 そういう風習や神の捉え方は、日本の神様に似ていると感じる。

「料理大会で優勝した料理人には『至高の一匙』の称号が与えられて、その料理が御宿石様に供えられるんだ。参加した料理人の中から御厨守を選ぶ意味合いもある」
「御厨守って、何?」

 晴が首を傾げた。

「簡単に言うなら、神様のご飯係だな。東の海の果てにある狭間って孤島で、一人でお務めをこなすことになるから、行きたがる奴はあんまりいないんだけど」
「神様って、御宿石様?」
「いいや。この国には八百万神がいるから、狭間のお務めは御宿石様以外の神になるらしい」

 むしろ、御宿石という神こそが異端だ。
 歴代の勇者でさえ、その姿を見たものはない。実体のない存在だと噂されている。
 封印に関わる蓮也からも、緘口令で話せないと言われた。

「師匠は、豊穣祭の料理大会に参加するの?」

 晴が不安そうな顔をする。

「十五年前にも、参加してんだ。その時は優勝して、至高の一匙の称号をもらった」
「お店に盾が置いてあるよね。金ぴかのヤツ」

 晴が思い出した顔で、ぽんと手を叩いた。

「そう、それ。あのお陰で、俺の店は軌道に乗ったんだ。俺がこの国で生きてこれたのも、あの大会のお陰だ」

 十五年前の料理大会に引きずり出してくれた蓮也のお陰でもある。あの大会での優勝がなければ、今の店もなかっただろう。

(本当に、懐かしいなぁ)
 
 あの頃をしみじみと思い出す。
 晴が、じっとタツキを見上げていた。

「そんで、次の大会がな。俺が優勝した大会以来、十五年振りの開催なんだよ」
「えぇ! そんなに間が開くの?」

 晴の尻尾がピッと伸びた。

「豊穣祭は国の祝部が時期を決めるからな。五年先だったり、今回みたいに十五年後だったり、色々なんだよ」
「そうなんだ。料理大会を待っている人は大変だね」

 晴が呆れたような感心したような顔をしている。

「俺にとっては次が最後の大会になるだろうし、気張りたいんだけど。メニューが決まらんのよ。ガルガル猪を使いたいんだけどなぁ」

 ノートにはガルガル猪を使った料理をいくつか書き出しているが、どれもピンとこない。

「どうして、ガルガル猪を使いたいの?」
「御宿石様は肉料理を好むんだよ。牛、馬、猪、豚、鳥……辺りの肉を好む。御宿石様のご機嫌が良くなると、向こう数年、豊穣が続くんだ」
「そうなんだね」

 うんうん、と頷いて、晴が真面目に話を聞いている。

(この目は、聞いたこと全部、一度で覚えようとしているな)

 晴は、大概の事柄を一度で覚える。
 器用な質ではあるのだろうが、どこか必死さを感じる。

(覚えないと追い出されるとか、思っちゃいねぇだろうな。こっちは一回や二回は間違うもんだと思って教えてんのに)

 上手くできれば、勿論褒める。失敗しても注意はするが、叱りはしない。ましてや、追い出したりするわけがないのに。

(もうちょっと、肩の力を抜いてもいいんだけどなぁ)

 上手く伝える方法がわからなくて、中々言い出せずにいる。

(仁とは真逆だな。アイツは人の話もろくに聞かずに、即実行即失敗型だった)

 だから、言い聞かせるのも楽だったのだが。

(良い子過ぎるというのも、困りもんだ)

 ぐりぐりとノートに落書きしながら、タツキはふと思い付いた。

「晴、一緒にメニュー考えるか」
「僕と? 僕、お店のメニューくらいしか知らないよ」
「そんなもん、今から勉強すればいいだろ。俺の部屋にある料理の本とか、俺の料理帳とか読んでいいから、一緒に考えてくれよ」

 晴の顔が、ぱぁっと明るくなった。

(あれ? 思ったより、嬉しそう?)

 耳がピンと立って、尻尾がプルプル揺れている。

「料理の勉強したい! 師匠とメニュー考えたい!」
 
 晴が前のめりにタツキに迫った。
 キラキラの目がタツキを見詰める。

「お、おぅ。考えよう」

 タツキのほうが気後れする意気込みだ。

「あのね、僕ね。お料理、とっても楽しいんだ。最近は師匠が仕上げを任せてくれるでしょ?」
「うん、そうだな」
「リズさんと一緒にお店に出ると、お客さんが美味しかったよって言ってくれてね。尻尾がギュってなるくらい、嬉しいの!」

 キラキラの目が、輝きを増した。

「だからね、もっともっといろいろな料理、作れるようになりたい。お客さんに美味しいって言ってほしい。師匠の役に立ちたいんだ」

 宝石みたいに輝く晴の瞳を見詰めて、呆気にとられた。

(こりゃぁ、まるで、若い頃の俺みたいだ。たったの三週間ちょいで、とんだ料理馬鹿に育った)

 そう思ったら、可笑しくなった。
 じわじわと笑いが込み上げる。

「ふっ……ははは。とんだ料理好きになったなぁ、晴」

 笑うタツキを前に、晴が困惑した顔をしている。

「え? ダメだった?」
「いいや、嬉しいよ。たださ、昔の俺みたいだなって思っただけ」

 晴の顔から曇りが晴れた。

「えへへ、師匠と同じ、嬉しいな」

 晴が照れたように笑う。
 晴の笑顔は可愛らしい。

「晴が笑うようになって、俺も嬉しいよ」

 流れた涙が笑い過ぎたせいなのか、嬉し泣きなのか。
 タツキにもわからなかった。