至高の一匙――オッサン料理人、人生後半で獣人の子供を育てる

 豊穣祭の料理大会から十日程が過ぎた。
 タツキの腕もすっかり回復した。時々痺れるが、問題ない程度だ。
 そんな折、蓮也が訪ねてきた。

「おぅ、どうした。今日は定休日だぜ」

 店の掃除をしていたタツキを、蓮也が笑いながら眺めた。

「定休日なのに、よく働くおじさんだなぁ」
「うっせぇ、お前もおじさんだろうが。無駄にイケオジめ」

 若い頃からイケメンだと、老けてもイケオジになるらしい。
 勇者だからなのか、蓮也は苦み走った素敵なオジ様になった。

「こちとら、ただの食堂のオッサンなんだからよ。定休日じゃないと店内の掃除、隅々までできねぇんだよ」

 普段、忙しい店内を回してくれるリズを巻き込むのも気が引ける。
 結局は自分でやる羽目になる。

「ただの食堂のおじさんは、こんな栄光、手にできないよ」

 蓮也が包みを取り出した。

「それ、もしかして盾か?」
「そう、できたから早速、持ってきたんだ」

 包みを解こうとする蓮也を止めた。

「開けるの、待った。今、晴を呼んでくるから。晴に一番に見せてやりてぇ」

 タツキは蓮也の手をむんずと掴んだ。

「厨房の掃除してくれてんだ。呼んでくるから、ちょっと待ってろ」

 厨房に向いた足を、タツキが止めた。

「カウンター、適当に座っとけ。今、コーヒー淹れてやるから」

 そう言い残して、タツキは厨房に駆け込んだ。

「おーい、晴! 掃除は一回、止めだ」
「はーい、師匠、なんで?」

 そんなタツキを眺めて、蓮也が笑った。

「自分の手柄が大きいだろうに。すっかりお父さんだな、タツキ」

 蓮也の台詞を背中に聞く。
 気恥ずかしい気持ちになりながら、タツキは厨房に入った。
 
 二人分のコーヒーとミルクコーヒーを淹れて、カウンターに座る。
 晴を膝の上に座らせて、準備万端だ。
 晴の目が期待に満ちている。ワクワクが肩から伝わってくる。

「それじゃぁ、開くよ」

 蓮也がシュルシュルと布を解いた。
 金色に光る盾が姿を現した。

「うわぁ……」

 晴が感嘆の声を上げた。
 盾には『至高の一匙』の文字の下に、キジムラ・タツキと晴の名前が彫られていた。

「師匠と僕の名前、入ってる。盾、金ピカだぁ」
「すげぇな、晴。若干八歳で至高の一匙をもらうなんざ、天才だぜ」

 タツキは晴の頭を撫でた。

「僕、師匠のおまけだよ」
「そんなわけあるか。晴がいなけりゃ、ビックリ煮込みもお子様ランチプレートも完成しなかったんだぜ」

 わしゃわしゃと頭を撫でる。
 晴が嬉しそうに、ぎゅっと目を瞑った。

「ふふ、えへへ。師匠、くすぐったい」

 晴の耳が、ぴくぴくと跳ねた。

「けど、気になる文字が彫られているな」

 タツキは一番下に刻まれた文字を指さした。

『神に愛された料理人』

 前回はなかった文字だ。
 
「間違っていないだろ」

 蓮也がニコニコと二人を眺めた。

「うーん、これ以上、晴が神様に愛されんのは、困るんだよなぁ。狭間に持ってかれたら、俺は奪い返しに行くぜ」

 タツキの胸が少しだけモヤッとした。
 晴が、ぎゅっとタツキに抱き付く。その背中を庇うように抱いた。

「晴だけじゃないよ。神に愛されてるのは、むしろタツキのほうだろ」
「そうか? こんなオッサンが?」
「そうだよ。年齢は関係ない」

 蓮也が短くきっぱりと言い切った。
 
「御宿石様が御厨守として狭間に送りたいのはむしろ、タツキなんだろう。あの場で指名されなかっただけでも、良かったと思うよ」

 タツキは黙り込んだ。
 御厨守は狭間と呼ばれる孤島で、一人で御饌を作り続ける。

(少し前なら、興味があったけどな。今はダメだ)

 膝に抱いた晴を抱き寄せた。
 
「狭間には行けねぇよ。俺には晴を立派に育てるって目標があるからな」
「それは、料理師として?」
「料理師としても、息子としてもな」

 晴がタツキを見上げて、頷いた。

「僕、立派に育つ。でも、ゆっくり育つ。いっぱい師匠と一緒にいたい」

 二人で顔を合わせて笑い合った。
 そんなタツキと晴を、蓮也が微笑ましく眺めた。

「人生の後半に差し掛かってまた子育てとは、タツキらしいよ。神様が奪いに来たら、俺が封じてあげるよ」

 蓮也が冗談にならない冗談を言った。

「それは洒落にならねぇよ、勇者様」
「俺じゃないと言えない勇者ジョークだからな」

 蓮也が、ちょっと誇らしげだ。

「まぁ、冗談は別にしても。新しい勇者の召喚も本格的に検討が始まっている。俺たちの世代は終わったんだなと思うよ」
「終わるっつーか、育成世代になるんだろ。新しく召喚された勇者を育てんのは、蓮也だ」
「そうだね。俺は勇者を育てて、タツキは料理師を育てる。そうやって、繋がっていくんだな」
「そうだなぁ」

 タツキはしみじみとコーヒーを啜った。
 隣で同じように蓮也がコーヒーを啜る。

「このコーヒー、いつもと味が違うけど、美味いな」

 蓮也がコーヒーを見詰めた。

「気付いたか。今日のコーヒーは晴が淹れました~」
「はぁい、僕が淹れました。蓮也おじさんに気に入ってもらえて、嬉しいです」
 
 晴がニコニコしながら手を挙げた。

「おじ……」

 口走った言葉を、蓮也が咳き払いして誤魔化した。

「本当に美味しいよ。淹れる人で、こんなにも味が変わるんだな」
「晴は何をやらせても上手なんだよなぁ。お茶も淹れるの上手い。野菜のみじん切りも上手い。焼きも上手い」
「えへへ。師匠が教えてくれること、何でも覚えたいんだ」

 伸びてきた晴の手を握り返す。
 蓮也が感心した顔をした。

「将来有望だ。御宿石様が欲しがるだけはあるな」

 蓮也がクイとコーヒーカップを傾けた。

「俺も負けてはいられないな。タツキに倣って後輩の育成を頑張らないと」

 蓮也が立ち上がった。

「もう行くのか?」
「まだ仕事が残っているからね。この店が休みだと、昼飯を食う場所に困るよ」
「馴染みの店くらい、作っとけ」
「馴染みは、ここだろ。お気に入りは一つで充分さ」

 そういわれると、ぐうの音も出ない。
 蓮也は時々、恥ずかしげもなく恥ずかしい言葉を吐く。勇者補正だろうか。

「今度はゆっくり酒でも飲もう。約束ばかりで、実行できていないからな」
「おうよ。夜にでも遊びに来いよ」
「そうするよ。それじゃ、晴くん、またね」

 蓮也が晴に手を振る。
 タツキの膝を降りて、晴がペコリと頭を下げた。

「ありがとうございました。また遊びに来てください」

 晴の姿を微笑ましく眺めて、蓮也が帰って行った。
 蓮也の後姿を見送って、タツキは改めて盾に目を向けた。

「二つ目の、至高の一匙、か」

 料理師として最高の称号を、最愛の弟子と共に取れた。
 まるで夢みたいな現実だ。

「これが俺の、この世界で成したこと、なんだな」

 金色に輝く盾に手を伸ばす。
 自分の名前と晴の名前をなぞった。

「綺麗だね、師匠」
 
 晴がニコニコと盾を見上げる。

「お店に飾ろう!」
「あぁ、そうだな」

 十五年前にもらった盾の隣に置く。
 褪せた金色と真新しい金色の盾が、並んだ。

「まさか、二つももらえるとはねぇ」

 タツキは、ガルガル猪の食材ハントに行った時のことを思い返した。
 あの時は、何を作るか決めていなかったのに、狩りに行った。

(普段なら、そういう狩りはしねぇんだけどな)

 あの時、あの場所に行かなければ晴には会えなかった。
 それだけで、出会いの引力を感じる。

「二つとも、綺麗だねぇ」

 うっとりと盾を眺める晴を、タツキは見詰めた。

(晴に会えなけりゃ、今年の至高の一匙は、なかったろうな)

 晴のお陰でタツキも変わった。守る存在がいるだけで、こんなにも見える景色が変わるのだと思い出させてくれた。

(晴がいてくれて、俺の人生にまた花が咲いた。晴が一人前になるまで、俺らしく育ててやろう)

 気負わず、自分が正しいと思うほうに向かって進めばいい。
 それは四十七歳のおじさんになっても変わらない。

「よっし、そんじゃ、掃除再開しますか」
「はい、師匠!」

 ピッと手を上げて、晴が良いお返事をした。

「全部終わったら、アイスクレープ作ってやるぞ」
「やったぁ! 僕も一緒に作る」
「おぅ、二人で作ろう」

 タツキと晴は、店の掃除を始めた。
 笑って泣いて、美味しいものを食べて生きる。
 キジムラ食堂の今日は、変わらない。