至高の一匙――オッサン料理人、人生後半で獣人の子供を育てる

 料理大会を終えて、タツキと晴は自宅に帰ってきた。 
 簡単な料理を作って、酒とジュースで乾杯する。

「お疲れさーん」
「おめでとう!」

 グビグビと飲み干して、ぷはぁと口を離す。
 タイミングまでピッタリだ。

「それにしても、とんでもねぇ大会だったなぁ」

 タツキはしみじみと零した。
 神様が怒って降りて来て天罰を下し、その場で食事していく大会なんて、初めてだった。

「師匠、凄いね。至高の一匙、二個目。神様、師匠の名前を覚えてた」

 晴が自分事のように嬉しそうだ。
 その笑顔が可愛い。

「ビックリしたなぁ。晴の名前も、覚えてくれていたな」
「えへへ、嬉しい」

 晴が顔をほころばす。
 嬉しい一方で、タツキは少しだけ不安だった。

(狭間での御厨守の話をしていたな。晴にはまだ早ぇ。けど、料理師として育ったタイミングで神勅が降りたら、断れねぇ)

 狭間は、神世と常世の間といわれる孤島だ。
 中津公国には御宿石以外にも八百万の神々が住んでいる。神々に御饌を作るのが御厨守だ。
 狭間には人は住まない。御厨守はたった一人での仕事を強いられる。

(そんなの、淋しいし、辛いだろ)

 そういう想いを晴にさせたくない。
 何より、タツキが晴を手放したくない。

(今は、俺の息子だ。いくら優秀な弟子だからって、簡単に外に出せるか)
 
 晴はまだ八歳だ。出すにしても、まだまだ先になるのだが。

(いかんな。親馬鹿になってきてる)

 タツキは酒を一口、飲み込んだ。
 晴がタツキを覗き込んだ。

「師匠、どうしたの? もう酔っ払った?」

 心配そうにする晴の頭を、タツキは撫でた。

「そうじゃねぇよ。これからもっと、晴を仕込まねぇとなって思っていたところだ」
「うん! いっぱい仕込んで。僕、頑張る」

 晴が手を上げた。

「大会は大変だったけど、お料理は楽しかったんだ。碧佑さんとも、たくさんお話したんだよ」
「碧佑と?」

 そういえば、碧佑と晴にはハンバーグを任せていた。

「碧佑さん、もう何回もキジムラ食堂に来てくれているんだって。師匠の調味料が大好きで、春待国に来るたびに買って帰るんだって」
「そういや、そんなことも言っていたか」

 タツキが作った調味料は、春待国なら売る店があるが、他国となるとほとんど流通がない。
 数を作れないし、そこまで一般的でもない。

「そこまでして、俺の調味料を使ってくれるのは、嬉しいねぇ」

 自分が作った調味料を使っているのなんか、自分くらいだと思っていた。

「長いこと、この国で生きて来て、俺は何かを残せたのかな」

 この世界に来て二十五年。日本で暮らした時間より長く、春待国で生きてきた。
 勇者の剣が抜けない役立たずと中央を追い出されて、辛い現実から逃げた。タツキの可能性を諦めないでいてくれた親友に田舎から引っ張り出されて首都に戻り、豊穣祭の料理大会に参加した。
 タツキからしたら至高の一匙は思いも寄らず得た栄光だった。

「少なくとも、調味料は残せたかな」

 タツキの作る調味料は、日本にあった調味料を再現したにすぎない。苦労がなかったわけではないが、オリジナルというわけでもない。それでも、タツキにとっては生きてきた軌跡の一つだ。

「料理が残ってるよ。唐揚げもオムライスもグラタンも、ビックリ煮込みも、みんな好きだよ」

 晴が指折り数えて、力説している。

「ありがとうな。料理も俺の財産だ。晴は、どの料理が一番好きだ?」
「唐揚げ定食!」

 被せるくらい、即答だった。

「師匠の料理、どれも好きだけど、唐揚げが一番、美味しかったよ。あと、おにぎり」

 どちらも空腹が極まっている時に出した料理だ。

「お前、それは。腹が減っていたからだろ」
「そうだけど、それだけじゃないよ。美味しい以外のことも、いっぱい感じたんだ。ご飯って、あったかいんだとか、優しいんだとか」
「そういうの、感じてくれたなら、嬉しいぜ」
「心が丸くなるって、ああいうのだと思ったよ」

 酒を口に運んだタツキの手が止まった。
 
(俺の言葉を覚えていて、ちゃんと感じてくれてんだなぁ)

 晴の顔がキラキラ輝いて見える。
 その顔に、タツキは手を伸ばした。

「晴は、感受性が高いなぁ。料理師向きだ。御宿石様の見立て通り、才があるぜ」

 嬉しいのに、悔しくて悲しい。
 神様とはいえ、自分以外に晴を見抜かれて悔しい。
 その才が伸びたら、どこかに行ってしまいそうで悲しい。

「僕、まだまだ全然、一人じゃ料理作れない」

 晴の耳がシュンと寝る。

「そんなもんは、いずれできるようになるさ。それより大事な土台の部分が、春には既に備わっているんだよ」
「土台?」

 晴が首を傾げた。

「感じる心だよ。誰にでも備わっているもんじゃ、ないんだぜ。だから晴は特別なんだ」
「特別……?」
「だからこそ、御宿石様も名前を覚えてくださったんだろうぜ」

 あの偏屈な神が、期待すると言った。
 それだけで晴は特別だ。

「だからって、まだまだ晴はやらねぇけどな。一人前になるまでは、俺の弟子だ」
「うん! 僕、ゆっくり一人前になるね」
「ゆっくりじゃダメだろ」

 タツキは酒を煽りながらケタケタと笑った。

「ゆっくりがいい。長くいっぱい師匠と料理していたいから」

 晴が満足そうにジュースをクピクピ飲んだ。
 その姿が可愛くて、親心がぎゅっと掴まれた。

「そうだよな。長くゆっくり、二人で料理しますかね」
「うん!」

 タツキが酒を傾け、晴がジュースを飲む。
 この夜の親子の祝杯は、まだまだ終わらなかった。