至高の一匙――オッサン料理人、人生後半で獣人の子供を育てる

 真ん中のオムライスにハンバーグを乗せて、ナポリタンと唐揚げ、グラタンを添える。
 一枚に小さなメイン料理をたくさん載せた、大人のお子様ランチプレートが完成した。

「メイン料理を少しずつ載せるのですね。初めて見ました」

 碧佑が感心している。

「私たちは、作った料理自体、初めて見ました」

 他の料理師たちも、感動してプレートを眺めている。

「この料理は全部、日ノ本食だ。異世界の料理だよ」
「タツキさんがこの世界に持ち込んで、隆盛させた料理ですよ」

 タツキの言葉に碧佑が追加説明してくれた。
 
「これが日ノ本食か」
「だから初めて見るのね」
「味見した料理、どれも美味しかった」

 料理師たちが湧いている。
 ちょっと、こそばゆい気持ちになった。

「美味しくできたのは、皆のお陰だよ。ありがとう」

 皆に笑い掛ける。
 
「タツキさんの指示があってこそです。僕らも勉強になりました」

 碧佑を始めとした料理師たちが、良い顔をして見える。
 やり切った達成感を共有できている心地の良さだ。
 タツキは晴を見下ろした。

「晴も、ありがとうな」
「えへへ、うん!」

 晴がすっきりした顔で笑う。
 野菜を刻むところからコネや焼きまで、ハンバーグを頑張って作ってくれた。
 晴は他の料理師の誰より手際が良かった。
 毎日、食堂の厨房で料理を手伝っているだけのことはある。

「それじゃ、御宿石様にお出しするぜ」

 玉座のような椅子に腰かけ様子を眺めている御宿石に向かう。
 料理人たちの気が、ピリッと張り詰めた。

 右手でプレートを持ち、左手で支えながら、タツキは礼奈の前にプレートを出した。

「俺が営むキジムラ食堂で日頃から出しているメニューを集めました。沢山の味を楽しめるプレートです」

 礼奈の金色の目が、まじまじとプレートの料理を見詰める。
 その目がタツキに向いた。

「なるほど、趣向は悪くない、が……他の料理人に作らせていたようだが、お前が作ったと言えるのか?」

 鋭い目に尻込みする。
 
「味付けや炒めのタイミング、肉のこね方まで、細かい指示を出したのは、俺です。皆、その通りに作ってくれました。俺は今、左手が動きません。皆が助けてくれました」

 包帯を巻いた左腕を持ち上げる。
 礼奈の目が料理に向いた。

「ふん、まぁいい。匙を持て」

 タツキはスプーンを差し出した。
 礼奈がオムライスを一口、頬張った。

「……美味い」

 一口呟いて、パクパクと食べていく。
 続いて、ハンバーグを食べた礼奈の目が輝いた。

「これは……肉汁が染み出る。ニンニクの風味が鼻に抜ける」

 次々食べ進み、あっという間になくなった。
 スプーンをフォークに持ち替えた礼奈が、唐揚げを刺した。

「これは、前回と同じか? あんかけは、ないようだが」
「どうでしょう。食べてみてください」

 タツキは促した。
 クンクンと匂いを嗅いだ礼奈が顔を顰めた。
 小さく一口、かじる。礼奈の顔が歪んだ。

「辛いぞ」
「七味をかけました。今回はあんかけではなく、それぞれに味付けしました。他は、しょうゆ味と塩味です」
「辛みは好まぬ。塩が良い」

 涙目になりながらも、礼奈が七味唐揚げを平らげた。
 塩味と醤油味の唐揚げも、完食だ。

「グラタンというのは、優しい味だな。これは良い」

 グラタンを気に入ってくれたらしい。
 御宿石はクリーム系が好きなようだ。
 ついに最後のナポリタンまで辿り着いた。

「ちょっとツンとするが、これはこれで良い」

 ぺろりと完食した。

「ふむ。少しずつを多くの種類、食せる。一匙ごとが違い、美味い。これは良い一皿であった。美味であったよ」

 礼奈の顔が緩んだ。口元が笑んでいる。
 タツキの中に、少しだけ安堵が広がった。
 
「食していただき、ありがとうございました」

 タツキは深々と頭を下げた。
 後ろに控えていた料理師たちが、タツキに習って頭を下げた。
 その姿を、礼奈がぐるりと見回した。

「タツキの指示のもと、料理師一丸となり作り上げた料理というわけだ。禊ぎのつもりか? タツキ」

 礼奈の目が、タツキを捉えた。
 ドキリとして肩が跳ねた。

「竜の肉を使った料理師は、その禁忌性を知らなかったのだと思います。本当に、申し訳ありませんでした」

 頭を下げたまま、タツキは弁明した。

「無知は罪ぞ。竜は神の使い、吾と友好の深い竜王の子らだ」
「心得ております。しかしながら、最近では御宿石様が竜を大事にされる理由を知る術も減り、若者へ伝播も難しく……」
「言い訳をするな」

 タツキの言葉を礼奈がぴしゃりと遮った。

「申し訳ございません」

 御宿石が、ふぅと息を吐いた。

「腹が膨れると、怒る気持ちも消沈する。不思議なものだな」

 礼奈がタツキの顎に手をかけた。
 クィと持ち上げて、顔を上向かせた。

「タツキに免じて、此度のみ、竜を殺した愚行には目を瞑ろう……次はないぞ」

 礼奈の目が、ギロリとタツキを睨んだ。

「あ……ありがとう、ございます」
「ありがとうございます」

 タツキの声に被せて、隣に控える蓮也が声を張った。
 蓮也が、礼奈に向かって深々と頭を下げた。

 礼奈が静かに立ち上がった。
 料理大会に出された料理を、もう一度まじまじと見始めた。

「あのプレートを作った料理師たちの御饌、気になるぞ。此度は、すべて持ち帰るとしよう」

 料理大会用に献上した料理が、白い光に包まれた。光は柱になって、包んだ料理が消えていった。

「楽しい余興であった。次の豊穣祭も、励めよ」

 礼奈の体から、白い光が淡く漏れ始めた。

「お待ちください、御宿石様。総てを持ち帰られては、至高の一匙は誰が……」

 蓮也が慌てて前に出た。

「至高? そんなものは、人が勝手に決めた称号にすぎんだろう」

 礼奈が、興味なさそうに呆れた顔をする。
 至高の一匙は、通例なら御宿石が持ち帰った一品を作った料理師に与えられる称号だ。
 御宿石の言う通り、人が作った称号にすぎない。

「しかし……」

 蓮也が困ったように顔を顰める。
 今回は完全にイレギュラーな事態だ。中央としては大惨事だろう。その上、至高の一匙すら決まらないのでは、示しがつかない。

 礼奈が、小さく息を吐いた。

「言うまでもあるまい。美味い御饌を作り、この場を収めたのは誰だ?」

 蓮也が息を飲んだ。
 礼奈の指が、タツキをさした。

「タツキと、その弟子である晴。称号なら、この二人であろう」

 蓮也が礼奈に向かい、傅いた。

「御宿石様の仰せのままに」

 礼奈がタツキに歩み寄った。
 隣に立つ晴を覗き込んだ。

「あ、あの……僕も、もらっていいんですか?」
「二人で一緒に作ったのだろう。当然だ。晴はよく、タツキを助けた」

 礼奈が、晴の頭に手を添えた。

「晴、今後が楽しみだ。お前には才がある。いずれ御厨守となり、狭間で他の神々の御饌を作るのも、良いだろう」

 ドクリと、タツキの心臓が冷えた。
 思わず、晴の体を引き寄せた。

「晴はまだ料理を覚えたばかりです。もっともっと、俺の元で勉強しなくては」

 タツキの慌てぶりを眺めて、礼奈が不敵に笑んだ。

「勿論、すぐにではないさ。良く学び、今より立派な料理師になれ」
「はい、頑張ります!」

 晴が良い姿勢で返事した。
 満足そうに晴を眺めていた礼奈の目が、タツキに向いた。

「今後も励めよ、タツキ。吾は、タツキの料理を待っている」

 礼奈の体から淡い光が浮かび上がる。瞳から金色が薄れて、消えた。
 やがて淡い光が抜けきると、礼奈の体が崩れ落ちた。

「礼奈様!」

 蓮也が礼奈の体を支えた。
 礼奈は目を瞑ったまま、気を失っているようだった。

「御宿石様が、お帰りになったのか」

 タツキは呟いた。
 倒れている礼奈、消えた料理、空になったプレート。改めて見回して、大変なことが起きたのだと思った。
 湧かなかった実感が、胸の奥からじわじわと込み上げてきた。

「ちょっと怖かったけど、優しい神様だったね」

 晴がタツキを見上げた。
 小さな手がタツキの手を握った。

「そうだな。もっと理不尽で、怖い神様だと思っていたよ」

 豊穣の神であり、祟り神でもある御宿石の神威は読めない。中津公国に伝わる御宿石の伝承は、恐ろしいものばかりだ。
 料理大会に参加しても、御饌を供えても、話す機会などなかった。

(待っている、か。俺の名前、知っていたんだな)

 神様が自分の名前を呼んだ。
 食堂の客たちと同じように、神様がタツキの料理を待っていてくれる。
 そう思ったら恐れ多くも嬉しくて、思わず笑いが零れた。

「まだまだ、引退させちゃもらえねぇか」

 タツキは笑いながら、呟いた。
 最後だと思っていた料理大会は、新たなスタートラインになった。

(人生後半戦の、スタートラインか)

 そう思ったら、今までにないやる気がみなぎった。
 晴の手を握って、タツキは決意を新たにした。