「ねぇニコル、やっぱり派手すぎないかしら……」
姿見の前で、ニコルの手によって着飾られていく自分の姿を目に、エレインは眉尻を下げた。姿見には、上質なシルク生地を使ったシンプルながらに品のあるデザインのペールブルーのドレスを着た自分が映っている。
髪も結い上げて、宝石のついた髪飾りがそこかしこに散りばめられ、胸元には金貨ほどもある大きなサファイアのネックレス。
シルクの手袋に包まれた指先にも揃いの指輪が嵌められていて、普段宝飾品を身に着けないエレインは宝石の重みとその価値の重さに生きた心地がしない。
「なぁに言ってるんですか! 相手に侮られないためにも、ちゃんとしないと! それに、これらは全部殿下がご用意くださったんですよ。受け取って差し上げなくては、殿下が悲しみます」
「そうかしら……」
「そうですよ! それに自分の瞳の色の宝石を贈るなんて、殿下もなかなかやるじゃないですかぁ」
「確かにサファイアは殿下の瞳と同じ色だけど、それに意味があるの?」
純粋な疑問を訊いただけなのに、信じられないものでも見るような目を向けられてしまう。
「大ありです。瞳の色のプレゼントには、『あなたは私のもの』という意味が込められているんですよ。独占欲丸出しの贈り物です。ふふふ」
「な……」
(なにそれ……)
予想外の意味に、エレインは赤面する。
が、すぐに思い直して首を横に振った。
「そ、それは、今日は殿下の婚約者という立場で出席することになっているから、形だけよ」
(そう、形だけ……)
自分で言って少し悲しくなった自分は、やはり心のどこかで捨てきれていないのだろうか。
もしも、アランも自分と同じ気持ちでいてくれたら……と何度夢に見ただろう。
(夢は夢でしかないのに)
「そんなことないですよ、殿下はエレインさまのこと大好きって顔に書いてあります」
「もう、適当なこと言わないの。ほら、そろそろ時間よ、急ぎましょう」
エレインたちは今、ヘルナミス国の王宮の一角にある迎賓館にいる。
今日開かれる、王太子ダミアンとシェリーの結婚披露パーティーにカムリセラ国の代表として出席するのだ。
指輪を取り戻すべく、エレインも形だけの婚約者として同席することになり、再び自国の地を踏んだ。
(なんとしても、今日指輪を取り戻さないと……)
指輪を奪われてからすでに二か月が経とうといている。
アランの部下からの報告によると、シェリーは指輪の力を使って王太子と一緒にハーブづくりに取り組むだけでなく、その力をひけらかし、聖女の到来だと持て囃されているらしい。
本当であれば二人の結婚式はまだ先だったのに、聖女説が浮上したことで国王はシェリーを自国に留め置くために早めたのだろうとアランが言っていた。
「さ、あとはこのヴェールをかぶって完成です」
ニコルがヴェールを手にしたとき部屋のドアがノックされ、入室を促すとアランが現れた。
(わぁ……!)
光沢のあるグレーを基調としたドルマンに、エレインのドレスと同じペールブルーのぺリースを掛けた正装姿に思わず見惚れる。
普段から身なりのしっかりした格好をしているとはいえ、やはり正装すると見違えるほどにかっこいい。
かく言うアランも一歩足を踏み入れてエレインを見つめたまま動かなくなった。
「あ、あの……素敵なドレスとアクセサリーをありがとうございます」
(こんなに豪華なもの、私には分不相応すぎて、私に贈ったことを殿下が後悔しないといいのだけど)
エレインの心配をよそに、アランは近づくとエレインの手を取り指に口づける。
「とても似合っている。思わず見惚れてしまった」
ストレートな誉め言葉に、エレインの頬が赤く染まる。
「豪華すぎて……恐縮しています」
「きみを着飾れると思ったら嬉しくて、つい気合が入ってしまったみたいだ」
「ありがとうございます。殿下も、とても素敵です」
「ありがとう。ヴェールは俺が着けよう。ニコル、それをこちらに」
ニコルから受け取ったヴェールをアランがエレインの頭に掛けると、顔が見えにくくなった。
エレインは、シェリーに命を狙われたこともあり、今回は偽名を使っている。そのため、このヴェールは極力顔の露出は控えようというアランの計らいだった。
「せっかくの顔が見えないのは残念だけど……、きみの美しさがほかの男たちに知れ渡るよりはマシかな」
「お、お戯れを……」
アランの冗談を聞き流し、エレインは緊張で震える手を人知れず握りしめた。
(上手くいくといいけれど)
あの高飛車で気の強いシェリーが、すんなりと指輪を返してくれるはずがない。
事前にアランと打ち合わせはしているが、不安しかなかった。
そっと、手が温かさに包まれる。
見上げれば、ヴェール越しにいつもの穏やかな眼差しがエレインを見つめていて、自然と震えも止んでいく。
(殿下がいるんだもの、きっと大丈夫)
「さ、行こう」
「はい」
エレインはその瞳に応えるように頷いて、一歩踏み出した。
姿見の前で、ニコルの手によって着飾られていく自分の姿を目に、エレインは眉尻を下げた。姿見には、上質なシルク生地を使ったシンプルながらに品のあるデザインのペールブルーのドレスを着た自分が映っている。
髪も結い上げて、宝石のついた髪飾りがそこかしこに散りばめられ、胸元には金貨ほどもある大きなサファイアのネックレス。
シルクの手袋に包まれた指先にも揃いの指輪が嵌められていて、普段宝飾品を身に着けないエレインは宝石の重みとその価値の重さに生きた心地がしない。
「なぁに言ってるんですか! 相手に侮られないためにも、ちゃんとしないと! それに、これらは全部殿下がご用意くださったんですよ。受け取って差し上げなくては、殿下が悲しみます」
「そうかしら……」
「そうですよ! それに自分の瞳の色の宝石を贈るなんて、殿下もなかなかやるじゃないですかぁ」
「確かにサファイアは殿下の瞳と同じ色だけど、それに意味があるの?」
純粋な疑問を訊いただけなのに、信じられないものでも見るような目を向けられてしまう。
「大ありです。瞳の色のプレゼントには、『あなたは私のもの』という意味が込められているんですよ。独占欲丸出しの贈り物です。ふふふ」
「な……」
(なにそれ……)
予想外の意味に、エレインは赤面する。
が、すぐに思い直して首を横に振った。
「そ、それは、今日は殿下の婚約者という立場で出席することになっているから、形だけよ」
(そう、形だけ……)
自分で言って少し悲しくなった自分は、やはり心のどこかで捨てきれていないのだろうか。
もしも、アランも自分と同じ気持ちでいてくれたら……と何度夢に見ただろう。
(夢は夢でしかないのに)
「そんなことないですよ、殿下はエレインさまのこと大好きって顔に書いてあります」
「もう、適当なこと言わないの。ほら、そろそろ時間よ、急ぎましょう」
エレインたちは今、ヘルナミス国の王宮の一角にある迎賓館にいる。
今日開かれる、王太子ダミアンとシェリーの結婚披露パーティーにカムリセラ国の代表として出席するのだ。
指輪を取り戻すべく、エレインも形だけの婚約者として同席することになり、再び自国の地を踏んだ。
(なんとしても、今日指輪を取り戻さないと……)
指輪を奪われてからすでに二か月が経とうといている。
アランの部下からの報告によると、シェリーは指輪の力を使って王太子と一緒にハーブづくりに取り組むだけでなく、その力をひけらかし、聖女の到来だと持て囃されているらしい。
本当であれば二人の結婚式はまだ先だったのに、聖女説が浮上したことで国王はシェリーを自国に留め置くために早めたのだろうとアランが言っていた。
「さ、あとはこのヴェールをかぶって完成です」
ニコルがヴェールを手にしたとき部屋のドアがノックされ、入室を促すとアランが現れた。
(わぁ……!)
光沢のあるグレーを基調としたドルマンに、エレインのドレスと同じペールブルーのぺリースを掛けた正装姿に思わず見惚れる。
普段から身なりのしっかりした格好をしているとはいえ、やはり正装すると見違えるほどにかっこいい。
かく言うアランも一歩足を踏み入れてエレインを見つめたまま動かなくなった。
「あ、あの……素敵なドレスとアクセサリーをありがとうございます」
(こんなに豪華なもの、私には分不相応すぎて、私に贈ったことを殿下が後悔しないといいのだけど)
エレインの心配をよそに、アランは近づくとエレインの手を取り指に口づける。
「とても似合っている。思わず見惚れてしまった」
ストレートな誉め言葉に、エレインの頬が赤く染まる。
「豪華すぎて……恐縮しています」
「きみを着飾れると思ったら嬉しくて、つい気合が入ってしまったみたいだ」
「ありがとうございます。殿下も、とても素敵です」
「ありがとう。ヴェールは俺が着けよう。ニコル、それをこちらに」
ニコルから受け取ったヴェールをアランがエレインの頭に掛けると、顔が見えにくくなった。
エレインは、シェリーに命を狙われたこともあり、今回は偽名を使っている。そのため、このヴェールは極力顔の露出は控えようというアランの計らいだった。
「せっかくの顔が見えないのは残念だけど……、きみの美しさがほかの男たちに知れ渡るよりはマシかな」
「お、お戯れを……」
アランの冗談を聞き流し、エレインは緊張で震える手を人知れず握りしめた。
(上手くいくといいけれど)
あの高飛車で気の強いシェリーが、すんなりと指輪を返してくれるはずがない。
事前にアランと打ち合わせはしているが、不安しかなかった。
そっと、手が温かさに包まれる。
見上げれば、ヴェール越しにいつもの穏やかな眼差しがエレインを見つめていて、自然と震えも止んでいく。
(殿下がいるんだもの、きっと大丈夫)
「さ、行こう」
「はい」
エレインはその瞳に応えるように頷いて、一歩踏み出した。



