目覚めると、西洋の作りを模した天井が広がる。

 すっかり見慣れた起床時の視界。深月はもぞもぞとぬくもりに包まれる毛布の中で身じろぎし、毛布を整え寝台を抜け出した。

 女中奉公の起床時間が染み付いている深月の朝支度は早い。

 良質な手触りの着物に袖を通し、帯をきゅっと締め、黒焦げ茶色の髪に櫛を通す。朋代が用意した髪油を毎日欠かさず塗り込んでいたおかげで、痛みきっていた髪は本来の輝きを取り戻した。規則正しい食事で肌艶も申し分なく、白い頬は血色良くほんのり色づいている。

 (どこもおかしくないかな……?)

 姿見の前でくるりと身体を回転させ、念入りに確認する。

 名目上、深月は朱凰の分家からやってきた箱入り娘、そして暁の未来の花嫁となっている。それが偽りの肩書きだとしても、説得力を持たせるための努力は怠らない。

 外出用の際は朋代が率先して着付けからおこなってくれるが、本邸女中頭の朋代を気遣い、近頃朝はひとりで支度を済ませるようになった。申し出たとき朋代は少し残念そうではあったが。

 (たぶん、問題なさそう)

 着替えが終わり、ちょっとだけ肩の荷が下りる。

 身につけた着物は日常使いで用意されたものとはいえ、これまで自分が着ていた古着とは価値が違いすぎるので、いつも慎重に取り扱っていた。

 (あとは)

 続いて、深月は化粧台の椅子に腰を下ろす。

 白下地、無鉛白粉、眉を整えるためのものから、目元を華やかにさせるものと、並べられた数々の化粧道具を前に深月の伸ばした手が止まった。

 (数が多くて、どれがどれだか)

 化粧は嗜みとされてはいるが、深月が道具に触れるようになったのはここに来てからだ。朋代から一通りの説明を受けているとはいえ、いざ実践しようにも指先が言うことを聞いてくれない。

 就寝前や空いた時間を利用して練習しているだが、腕が上がった試しはない。

 養父であった貴一も、亡くなるまでは深月に学や知恵を施してくれてはいたけれど、いわゆる淑女の心得にはほとんど触れてこなかった。唯一少し自信があるとすれば刺繍くらいである。

 教えを請うなら朋代が適任だろう。彼女は深月の事情について深く追求してこないし、引き際を弁えている。とはいえ朋代は深月を『朱凰の分家筋の令嬢』と思っているので、華族の娘なら当たり前に触れてきたはずの素養が身についていないことを、あらためて打ち明けるのには迷いがあった。

 (自分の手ですべて済ませられるように、いい加減うまくならないと)

 背筋を伸ばし、深月は気を引き締めて鏡に向き直る。

 軽めに白粉と、小指の平にちょこんと乗る程度の薄い紅を唇につけ……そっと指に残った紅を拭う。練習はしていても、いまだにこれが深月の精一杯だった。