こうして、晴れて恋人同士になった僕たちが教室へ行くと、二度寝屋と二組のサキュバス・先場蓮子、さらに例の疫病神――否、天邪鬼がいた。

「は!? なんでコイツが!?」
 僕は思わず華美さんを庇うように前に出た。
「いい反応をするなぁ」
 しかも、天邪鬼はあろうことか僕たちの学校の制服を着ている。

 そして気付く。なぜか、皆一様にニヤついて僕たちを見ていた。背後の華美さんは、なぜか恥ずかしそうに顔を赤らめながら俯いてモジモジとしている。

「……ん?」
 これは、どういうことだ?

 首を傾げていると、華美さんが言った。
「……実は、皆にお願いして一芝居打ってもらったのです」
「一芝居……? 先場さんのことは聞いたけど……」
「天邪鬼の夢のくだりも全部です」
「……は?」
 華美さんの言葉に、僕はまたも目を丸くする。
 天邪鬼のくだりも?
「……えへ」
 華美さんが茶目っ気たっぷりに舌を出した。
 天邪鬼に視線を移すと、彼女の襟には青色のバッジが光っている。
「我は三年一組の天野(あまの)鬼子(きこ)。幼馴染の華美と(すい)君に頼まれたら協力しないわけにはいかないだろう? とはいえ、騙すようなことをして悪かったな」
 天邪鬼、良い人やないかい。というかこの人今、『睡君』って言ったよな?
「ちょっと待って。睡君ってなんですか?」
 すると、二度寝屋はあからさまに嬉しそうに話し出した。
「あぁ、お前にハまだ言ってなかったナ。鬼子さんは最近できた俺の彼女なんダ」
「……はぁ!? 彼女!?」
「ウイ」
「じゃあ、二度寝屋もグルだったってこと?」
「ソ! ぜーんぶお前の気持チを炙り出すためにやった演技だったってことダ!」
「……じゃあ、清掃業者は?」
「そんなものが旧校舎に入る予定ハ、最初からないゾ」
 二度寝屋は肩を竦めながら言い、その隣で先場がやれやれと前髪をかきあげた。
「普通に考えたらわかるでしょ……。なんで普段使われてる本校舎に清掃業者が入らないで旧校舎に入るのよ」
「た、たしかに」
 言われてみればその通りだけど。
「あのときは必死過ぎて気が付かなかったんだよ」
 バツが悪く、目を逸らす。
「まぁ、一年半毎日華美の夢を見ておいて、それをただの悪夢だと思ってた時点でとんでもなく鈍い奴だとは思ってたけどね。とにかくこれで私が夢に出る必要もなくなったってことでよかったよ。二人とも、末永く仲良くね。おめでとう、華美」
 先場さんは呆れ気味に僕を一瞥すると、華美さんに向かって柔らかい笑みを浮かべてウインクをした。
「ありがとうございます、蓮子ちゃん」
 なんということだ。なにも知らなかったのは僕だけだなんて。
「な、なんか複雑……」
 思わず本音を漏らすと、華美さんがギュッと抱きついてきた。
「荒矢田君。華美はもう荒矢田君から離れませんよ。覚悟してください!」
「か、華美さん……」

 自分のものになったからだろうか。下から見上げてくる華美さんは、付き合う前よりもずっと可愛く見える。僕は呆気なくその笑顔に陥落し、苦笑した。

「……ま、いっか」
 
 僕たちはきっと、相性最悪の恋人同士だ。
 彼女が黴の付喪神であることは変わりないし、この先僕の潔癖症が治るかもわからない。
 
 でも、恋はするものじゃなく堕ちるもの。
 人が重力に逆らえないように、時の流れに逆らえないように……。
 人だとか、あやかしだとか神だとか、そんなことは関係ない。
 恋とは、この世に生きるものが避けては通れない試練のようなものだ。

 僕は華美さんを見つめ、ひとつ息を吐くと言った。
「これからよろしくね、華美さん」
「はい!」
 彼女は嬉しそうに頷く。その笑みに、僕もつられて笑顔になる。
 これからもきっと、僕はこの笑顔にまんまと騙されるんだろうな、なんて思いながら。
 
「恋は駆け引きが大事なのです」
 華美さんは僕の腕に抱きつきながら、満足そうに微笑んだのだった。