そして、気付いた。
痛みが増してる。
朝から比べて確かに痛い。
これは前駆陣痛ではなかったことだった。
おやおや~?
そうめんをすすりながら、考える。
お風呂入っとこうかな。
このまま、お産になるなら。
いやいや、まだ決定打がナイし。
昼食後、テレビを見ながら一休み。
痛みは消えない。
むしろ間隔が狭まり、10分近い間隔になっている。
さすがに私も、もうこれがお産に繋がると薄々気付き始めていた。
トイレに行って驚く。
ショーツの水分吸収シートにどろっとした血液がついていた。
おりものに混じったような鮮血だ!
「おっおしるしだ!!」
思わずひとり叫ぶ私。
こりゃ、いよいよっぽい。
ポンちゃんよ、ようやくその気になってきましたね!
私はお風呂を沸かし直して入浴した。
もし、本物ならお風呂はお産が進んで良いって本に書いてあった!
ウォーキングで汗もかいたし!
お風呂を上がると間隔は10分ちょうど。
間違いない。ダウンロードした陣痛アプリで時間を追っても、やはり、10分間隔。
14時、私は産院に電話をした。
「それじゃ、入院準備していらしてください」
今朝からの経過を話したところ、あっさり言われる。
うう、またこれで陣痛が遠退いたら嫌だなぁ。
私は洗濯物をしまい、家中施錠すると、入院バッグを確認して、部長に電話していないことに気付いた。
「ゼンさん、お仕事中すみません。陣痛が始まったようで、病院に行きます」
電話が繋がった途端、ささっと言う私。いや、仕事中に私用電話はマズイでしょ?
「わかった」
部長の声は落ち着いていた。
「気を付けてタクシーで行け。また様子を教えてくれ」
「はーい、了解!」
超事務的に話を終えると、タクシーを呼んだ。
部長、もしかして今回も産む産む詐欺だと思ってるかな。
おしるし来たって言えば良かったかな。
産院に到着すると、今日は休診日なので、裏口から通された。
入院扱いになるそうで、荷物は居室へ。
着替えやお産セットも渡され、入院服みたいなのを着る。
産褥パンツに産褥パッドのMサイズをつけてはく。
内診台の前には助産師長の天池さんがいた。
彼女が見てくれる様子だ。
「一色さん、子宮口開いてきてますよ。今、1センチくらい」
「ホントですか!?」
40週6日、初めて目に見えるお産の進行キタ!!
遅すぎるくらいだけど!
「これからお部屋で分娩監視装置をつけて、様子を見ていきましょうね。ま、ほぼ間違いなく、このままお産になるので、ご家族に連絡ね」
はい、お墨付きいただきました!
イエーイ、決定打!
部屋でお腹に装置のベルトを巻かれると、即座にメールした。
母と美保子さんへ。
そして、部長にも状況説明のメール。
『やっぱり今日お産になるみたいです』
メールはすぐに返ってきた。
『了解。業務終了次第、急行予定』
……メールの冷静さが、かえって彼の張りきりを感じさせる。
うう、でも、早く来てほしい。
お腹は痛いし、心細いもんなぁ。
正直、まだ私はワクワクしていた。
強くなる痛みに不安感はあるものの、これがポンちゃんに会える痛みならどんとこい!って感じ。
どうなるんだろ。
これからどんな感動が待ち受けているんだろう。
痛みの合間に空想してウフフと笑ってみる。
分娩監視装置を外されてからは、院内を行ったり来たりしてお産促進に励む。
ベッドの柵につかまってワイドスクワットもする。
枝先生に習ったもんね。
そんなことをしているうちに、16:30。
入院から2時間。
陣痛は6~7分間隔に縮まっていた。
「順調じゃな~い?」
ひとり言を言っていると、病室のドアが勢いよく開いた。
「おお、まだ産まれてないな」
「ゼンさん!」
部長だった。
「どうだ?進行は?」
「順調に痛くなってますよ。これが陣痛か~って噛み締めてます」
部長は荷物を隅にドサドサ置くと、私の入院バッグを漁り、日笠さんからもらったペットボトルストローを取り出す。
買ってきたスポーツドリンクにセットして私の手に持たせてくれる。
やっぱ、この人やる気がみなぎってる……。
「あたたっ」
なんて思ってるうちに痛みがやってきた。
すかさず、私の腰を押す部長。
確かに『プレママさんが読む本』に載ってたよ。
パパができる陣痛緩和マッサージって。
ベッドに座ってる姿勢なので、押しづらいだろうに。
すまんねぇ、禅くん。
ありがたくマッサージを受けておく。
くぅ~、割と痛くなってきてるぞ。
生理痛MAXの痛みはとうに超えてる。
瞬間的な痛みで言えば、お腹を壊した時の急激なさしこみに似てる痛み。
でも、持続時間は30秒ほど。
「一色さん、どうかな~?」
天池さんが病室に顔を出した。
「今、6~7分?いや、5分間隔くらいです」
「結構痛いですか?」
「えー、まあまあ痛いです」
ちょっと強がってみる。
「内診してみましょうかねぇ。移動できるかな?」
痛みの発作の合間は動けるので、内診室に移動。
よちよち急ぎながら台に乗る。
だって、動いてる最中に痛みが来たらやだもん。
「お、4センチかな。いいですよ」
「4センチですか……」
子宮口4センチ。
実は、もっと開いてるかと期待してたよ。
だって、産まれる時って子宮口10センチでしょ?
まだ半分も開いてないのに、この痛みって……。
そして、それだけ開くのにあと何時間、どれほどの痛みに耐えにゃあならんのかい……。
と、軽い絶望を感じた私だったけれど、こんなのはまだ序の口。
本当の痛みと恐怖を、私はまだ知らない。
*****
「いたぁ~、は~」
「よしよし、腰押すからな」
私はベッドで丸まって部長のマッサージを受ける。
18:00。
陣痛発作を耐えるのに座ってはいられなくなってきた。
間隔は3~4分。あまり進んでないのに、痛みは立派に強くなってきてる。
ナニコレ?
陣痛ってこんなに痛いの?
「内診どうだった?」
部長が聞く。
さっき、3度目の内診に行ってきたのだ。
「それが~、まだ4センチから5センチくらいらしいんですよ」
「そうか……でもちょっと進んでるじゃないか!」
「超ちょびっとですよ~。こんなに痛いのに~っ」
背中を丸めて部長を見ずに愚痴る。
愚痴らずにいられない。
痛いんだもん。
と、これが地獄ならまだ門前だったりするんだけど……。
もちろん、この時の私も理解してなかった。
精々、
『どんな感動が待ち受けているの?ウフフ♪』
っていう思考がどこかに吹っ飛んだくらいよ。