一歩一歩、近付く。
緊張で心臓が早鐘を叩いている。


部長のお母さんにようやく会える。


車椅子の横に立つと、彼女が薔薇を見ていたのではなく、
周りを飛ぶミツバチを目で追っていたことがわかった。

視線の熱心さゆえに伝わるのは、彼女の心が現実から遠く離れていること。


「一色さん、お客さんですよー」


事前に連絡がいっていたのだろう。
職員の若い女性がお母さんに声をかける。


お母さんがのろのろと顔を上げ、私の姿を見た。


「こんにちは」


私は微笑み、なるべく穏やかに挨拶した。