部長が呟いた。
指差す先に長い黒髪の女性が車椅子に乗っている。


年は本当に若く見え、まだ40代といっても違和感はないほど。
美しい人だ。
部長の面立ちはお母さん似なのだとわかる。


彼女はカーディガンを羽織った背を丸め、薔薇を熱心に見つめている。


「佐波、行ってきてくれないか」


部長が掠れた声で言った。
私は部長の顔を見やる。


部長は目を見開き、凍りついたかのように動かない。


きっと、彼の心に残る母親の映像と、今目の前にいる母親の姿が重ならないのだろう。
心がまだ受け入れ準備できていない。


私は、一度部長の手をぎゅっと握った。
それから、笑って見せる。


「私とポンちゃんで行ってきますね」