あしたはきっと、ゆめ日和



だけど、何をしないわけにもいかない。

このままじゃ、また友達の前で変な態度を取りかねない。

ぼくは仲井さんの、イラストに対する気持ちを持っている。


ぼく自身がイラストに興味を持ち続けるのはもちろん、仲井さんがイラストを見たり、話したりすることで、何かしらぼくの心に伝わってくるだろう。


ぼくはその時、過剰に反応を示すかもしれない。

それは、きっと仲井さんだって同じことが言える。


変な意味でぼく達はお互いに意識する。


今のところ解決策はない――だったら。



「あのさ、仲井さん。ぼくと付き合おうか」



「え?」こんな時に何を言っているんだと言わんばかりに、しゃがみ込んでいた仲井さんがぼくを見上げてくる。


悪いけど本気だった。

ぼく達の気持ちは入れ替わったままだ。

解決策も元に戻す方法も分からない今、自分達にできることと言えば、周りに変な目を向けられないように過ごすことのみ。


けど、互いの気持ちを持っているぼく達は意識するだろう。

それがいつ、どんな時に意識してしまうのかは分からないし、どんな行動を起こすのか、それすら予想もできない。

挙動不審な行動を起こした結果、クラスメイトから冷たい目を向けられてしまうことだってある。


それを回避するために、今できることは。


「ぼくと仲井さんが付き合えば、例え変な行動を起こしても、お互いにサポートできるだろ? 昼休みみたいに展覧会に行く、試写会に応募するの話だって、適当に誤魔化せるじゃないか」


「それ、付き合わなくても……できるんじゃないかな?」


「意識しちゃうだろ? 好きとか嫌いとか、そういう意味じゃない意識をさ。どう周りに言い訳するんだよ……実は気持ちが入れ替わった、とか言うの?」


それこそクラスメイトや友達からドン引かれそうだ。



「ぼくから仲井さんに告白したってことにするよ。
実は前から意識をしていたんだけど、ついに我慢できずに告白した。仲井さんはオーケーした。みたいな感じで振る舞っておけば、下手な行動をとってもサポートできるし、それに対しても違和感が少ないと思うんだ。どうかな、この案に乗ってみない?」





ゆるゆると立ち上がる仲井さんが、ぼくを見つめてくる。

たっぷりと間を置いて、うんっと一つ頷いた。


決まりだ。


ぼくは仲井さんと話すために、階段を上がった。

四階に視聴覚として使用されている教室がある。

普段は無人の空き教室だし、好都合なことに後ろの扉の鍵が壊れているから、簡単に侵入ができる。


そこで話し合おう、これからのことについて。




その後のことは、仲井さんと約束した通り。

ぼく達の関係は元に戻るまでの期限付き。

身に降りかかった災難は誰にも言わない。


お互いの気持ちはできるだけ大切にする。

どちらかが変な行動を起こしたら全力でサポートする。


あとは、形だけのカレカノだから必要以上なことはしない。

これは仲井さんからぼくに対する要求だ。

一体ぼくをなんだと思っているんだろう? オオカミとでも思われているのかな。


どっちにしても手を出すわけないだろう。

好みじゃない、とか言ったら怒られるだろうけど、ぼくのタイプじゃないんだから。


まず、ぼく達は種類が違うんだよな。

仲井さんは比較的におとなしく、クラスでは目立ちたがらないタイプだ。

教室の隅っこで友達と会話したり、本を読んだり、絵を描くことが好きな子。


対照的にぼくは、とても目立つタイプで、クラスの男子とばか騒ぎしている。

昼休みにはバスケをしたり、サッカーをしたり、小学生みたいに教室で鬼ごっこすることもある。

そんなぼく達が、形だけのお付き合いなんてできるのかな。


ああ、先行きが不安だ。


できるだけ目立たないように、ぼく達のお付き合いもやんわりと空気を醸し出す程度にする予定が、一日にしてクラスに広まっているし。

「ふたりのナカイが付き合い始めた。なんか、ウケるな。コンビ名でも付けられそうじゃん」

「中井と仲井さん。略してナカナカ。お、“ナカナカコンビ”なんてどうよ。まさにコンビ名って感じがしねぇ?」

「なんだそりゃ、芸人っぽいぜそれ。まじウケるんだけど」

「はは、“ナカナカ”いいコンビ名だろ?」

「上手い。座布団一枚だな」

いつもつるんでいる友達は好き勝手に笑ってくれるわ、いつの間にかコンビ名を付けられるわ、ぼく達をネタにして遊んでくれるわ、不安は尽きない。




休み時間中、ぼくは友達のからかいを右から左に聞き流してスマホを弄る。

暇つぶし程度にネットを検索するも、その内容はイラストばかり。


人物、背景、色の塗り方。

ぼくには無縁な内容ばかり検索してしまうのは、仲井さんの気持ちが自分の中にあるからだろう。


本当に元に戻るのかな。

不安を抱えながら、ぼくは席を立って友達の下を離れる。

後ろからはやし立てる声が聞こえてくるけど、それには一切聞こえない振りをして、友達としゃべっている仲井さんに声を掛けた。


とりあえず、建前でも彼氏なんだから、これくらいの頼み事は許されるだろう。これも今後のためだ。


「ごめんけど、連絡先を教えてくれる? 仲井さん」



⇒【2】






【2】

 
   にんべんのナカイさん










仲井さんと付き合い始めて一週間が経った。


並行してぼく達の気持ちが入れ替わって八日が経つ。


あれから事件を解決する糸口は見つかっていない。

気持ちが入れ替わったぼく達は何をどうしたらいいか分からず、ただただ毎日を過ごしている。


ひとつ変わったことを挙げるなら、ぼくと仲井さんの過ごす教室の環境が変わった、ということくらいだ。


同じナカイの音を持つ苗字が付き合い始めた。

それだけの理由で、何かとからかいを受けている。

もっぱら、その原因はぼくの友達。

こいつ等がぼく達にコンビ名を付けたせいでからかいの的だ。


例えば、ぼくが少しでも仲井さんに声を掛ければ“ナカナカ”は熱いねぇ、とクラスメイトから笑われる。


逆も同じ。

ぼく達が行動を起こす度に“ナカナカ”に仲が良いな、と笑われるんだ。


コンビ名“ナカナカ”はクラス公認なんだから、タチが悪い。


なんだよくそ。

ぼくがヤマモトだったら良かったのか? 変なあだ名つけやがって。





「お前達のせいで、ぼく達はいい迷惑だ。柳。宮本」


ぼくはコンビ名を付けた柳と宮本に抗議をした。

この二人は、いつもぼくとつるんでいる仲の良いクラスメイトだ。


悪ノリが大好きで、今回みたいなことをしでかしてくれる。

変なあだ名を付けた二人はぼくの睨みも抗議も足蹴にして、こう反論した。


「可愛がっているだけだって。それに中井も悪いんだぜ? おれ達に黙って彼女を作るなんて。こういう場合は、彼女を作る前に恋の相談してくれるもんじゃねーの?」


柳がさも正論だと言わんばかりに鼻を鳴らし、「そうそう」と、宮本が便乗する。


「中井が仲井さんを意識しているなんて、これっぽっちも知らなかった。ほら、噂をすればお前の彼女がそこにいるぞ」


あごでしゃくる先には確かに仲井さんがいた。

丁度、友達と教室に入って来るところからして、図書室にでもいたんだと思う。

彼女は絵を描く他にも本を読むことが好きだから、何か借りに行っていたんだろう。


これでも彼氏として一週間、仲井さんのことは観察しているんだぜ? ちょっとしたきっかけでも元に戻る糸口になれば、と思ってさ。


と、見計らったように柳が大きな声でぼくに話し掛けてきた。


「中井は彼女のどこが好きになったんだ? 教えてくれよ」

「はっ、ちょ、柳お前!」


ニタニタと笑いながら首に腕を絡めてくる柳は、「いいじゃん」と、ぼくを肘で小突く。

「おれも知りたい知りたい。教えてくれよ。中井、どこに惚れたんだ? お前から告白したんだろう?」

「宮本。お前まで……」


二人を交互に睨むと、両サイドから彼女が見ていると冷やかしてきた。

恐る恐る仲井さんがいるであろう、教室の出入り口を一瞥すれば、確かに彼女がこっちを見ている。

変なことを言わないで、と細くなる目が訴えていた。


分かっているって。

カレカノとして、ちゃんと上手くやるから。


ぼくはあごに指を絡め、必死に惚れた理由を考える。




仲井さんに惚れた理由、理由、理由。

ぼくの性格を熟知している二人に、下手な嘘は言えない。すぐにばれてしまう。


大体仲井さんといえばなんだ? イラスト?

惚れた理由にならないよな。

性格はぼく好みじゃない、どっちかと言えば馬が合わない。


仕草に惚れた、とかが良いよな。

彼女の表情とか。

仲井さんの笑顔……は、見たことがない。

拗ねた顔は何度か見たことがあるけど。


そうだ、拗ねた顔を見る度にいつも思うんだよ。


「なんというか、ヒヨコっぽい」


「は?」「ヒヨコ?」柳と宮本が間の抜けた声を上げる。


「仲井さん、拗ねるとヒヨコみたいに唇を尖らせるんだよ。だからヒヨコっぽいなーって」

「……それが惚れた理由か?」


どこか呆れたような顔で宮本が肩を竦めた。


しまった。

惚れた理由を言うつもりが下手こいた。


「か、可愛いじゃんヒヨコ。仲井さん、なんか、ぴよぴよしている感じがするんだよ。それが癒される。そう仲井さんは癒し系ヒヨコ女子だと……うそうそうそ、真面目に考えるって!」

「ひどいよ! 誰の拗ねた顔がヒヨコなの!」


ぶすくれた顔で迫って来る仲井さんから、大慌てで逃げる。

「その顔がヒヨコなんだって!」

怒っている顔を指摘すると、「誰がその顔にさせているの!」と、彼女が借りた本を構えて追い駆けてきた。





「癒し系アヒル女子よりマシじゃん。ヒヨコなら可愛いだろう?」

「そういうことじゃないよ。中井くんのばか! もっとマシなこと言ってよ!」


それを惚れた理由にされるなんて冗談じゃないと、仲井さんが顔を真っ赤にして叫んでくる。

だったら、ぼくに笑顔のひとつでも見せてくれよ。

ぼくは嘘がつけないから、見たことを理由として結び付けるしかないんだって。

ぼくの前じゃ、仲井さんはいつもぶすくれているか、ため息じゃんか!


「お前等、仲がいいな。さすがは“ナカナカ”コンビ」

「“ナカナカ”に仲が良いよな。ほんと」


「そこ! ゼンッゼン上手くねぇからな! コンビじゃねえっつーの!」


仲井さんから逃げながら、ぼくは柳と宮本を睨んで指さす。

二人は「あ、」と、弾かれたように顔を見合わせ、珍しく悪いわるいと片手を出して謝ってきた。

「コンビじゃなくてカップルだったな」

「ごめん、中井。コンビはデリカシーがなかった。お前等はお似合いのカップルだよ」


「そうじゃねえよ! くそっ、揃いも揃って……後で覚えておけよ!」






◇◆◇


付き合って一週間、クラスメイトのせいでぼくと仲井さんは散々な時間を過ごしている。

しかも主な原因がぼくの友達によるものだから、仲井さんの機嫌が悪いことわるいこと。

おとなしい子ほど目立ったり、からかわれたり、注目の的になることを嫌うみたいだ。


七日目にして別れるべきかもしれない、とぼくを一瞥しては考える素振りを見せ始めた。


ぼくとしても別れてあげたいのは山々だけど気持ちが入れ替わっている以上、それはできない話だ。

現にぼく達が付き合ったことによって、お互いに変な態度を取った際、さり気なくサポートできるようになった。


それは直接的なことだったり、間接的なことだったり。


例えば、ぼくがデザイン関連の雑誌を読んでいると、友達が我が目を疑う顔でこっちを凝視してくる。

ぼくを知る人間ほど、それは滑稽な風景だろう。


だけど、ぼくが彼女の名前を口に出せば、まったく違和感がない。

彼氏がもっと彼女に好かれようと、話題作りに勤しんでいる姿だと捉えられる。

仮にイラストの話が耳に飛び込んで、ついその話題に入ろうとしても、仲井さんが機転を利かせてぼくに話し掛ける。


反対に仲井さんがぼく達の話題を聞きつけて、思わず声を掛けてきたとしても、彼氏のぼくが反応してやればいい。

我に返った仲井さんが、そこであたふたと戸惑ってしまうことも多いけど、その時は「今度一緒に観る?」と、映画の話題に触れて笑顔を向けてやればいい。


周りはきっと彼氏と彼女のウブな会話だと認識するだろうから。


カレカノだからこそ、上手く誤魔化せることがある。

一週間でそれを嫌ってほど学んだ。


できることなら、元通りになるまでこの関係を貫き通したい。


そのためにはもう少し、仲良くなりたい。それが本音なんだけど。