冷めない興奮のままライブを終えたぼくはひとり体育館を後にして、人気のない水場で何度も顔を洗う。
拭く物がないから、来ているシャツで水気を取った。
逆さにしている蛇口から出ている水をいつまでも見つめていると、
「中井くん」
コンビの片割れがぼくの背後に立った。
振り返らなくても分かる。好きな子の声だ。間違えるわけがない。
「ライブ中に間違えたよ。やっちまった」
失敗話を暴露するも、びっくりするくらい自分の声が生き生きとしている。仲井さんもそれに気付いているんだろう。
「分からなかったよ」と、明るく返事をした。
「思った以上に緊張した。ライブ」
「うん」
「もっと練習すれば良かったと思ったよ」
「うん」
「だけど、楽しかった」
「知っているよ。中井くん、本当に楽しそうだった。初めて見た。きみがあそこまで楽しそうにしているところ。映画を語ってくれるよりも、ずっと、ずっと」
そして、自分にその気持ちが届いていることも。
「こんなにも楽しい思いをしたのは初めてだよ。ライブ、すごくワクワクした。きみの好きな気持ちは届いた」
仲井さんがそっと、ぼくの背に触れてくる。
ぼくは振り返ることができず、ただシャツで目元を拭った。
せっかく顔を洗ったのに、まだ水気が取れていないようだ。次から次に水滴が零れてくる。
「仲井さん、ぼくはギターのことが諦めきれないや。きっと、自分の気持ちを取り戻して……痛みと向き合うことになっても。傷付くことがあっても、やっぱりぼくはギターが」
「さっきね。小金井さんと岡本さんから伝言を預かったよ……ふたりはもう帰るみたいだから」
素敵なライブだった。お前が笑ってライブしている姿を見れて良かった、そう伝えて欲しい。
仲井さんが預かった伝言を耳にした時、ぼくは居ても立っても居られなれなくなった。
綺麗に涙をシャツで拭ってしまうと、なりふり構わず土を蹴って走り始める。