いつまで起きてるのって言う人もいない、こっちが見たくないのにテレビをつける人もいない。

出がけに、その服ちょっと変よとか言われてテンションが下がることもない。


私はひとりだ。


別に、家が窮屈だったわけじゃない。

親が疎ましいわけでもない。


だけど、あれ以上あそこにいたら。

いつかは家を窮屈に、親を疎ましく思う日が来るんじゃないかって気がしてた。


ぎりぎりのところで飛び出せた。

それが今の、正直な思いだった。



「真衣子、おはよ」



明るいベージュのトレンチコートを着た真衣子が、おはよ、と振り返って微笑む。

と、私の髪に手を伸ばして、桜の花びらをつまんでくれた。



「みずほの髪って、お人形みたいだね。巻いてるの?」

「ううん、こうなっちゃうの。ついでに色も地毛」



胸のあたりまである私の髪は、生まれつき栗色で、毛先に行くほどくるくると巻いている。

別に何もしなくても、自然とこうなってしまうのだ。



「見た目は完璧お嬢様って、よく言われたよ」

「あたしも言おうと思ったのに」



からからと笑う真衣子を叩きながら、講義室への階段をのぼると、うしろから追い抜かしていく人がいた。



「B先輩!」



急ぎがちにしていた先輩は、それでも足をとめて、くるっと振り返ってくれる。



「おはようございます」

「おはよ」

「よくお会いしますね」



せっかくなので何か会話しようと、思いついたことを言ったら、先輩がちょっとぽかんとして、面白そうに笑った。



「そうだね」

「先輩もここで、講義ですか?」