真衣子、私はやっぱり、ダメでした。
ことはそんなに単純では、ありませんでした。
楽しかったけど。
いっぱい笑ったけど。
次なんて、無理です。
加治くんが楽しそうにしてくれればくれるほど、胸が痛む。
一瞬で消えてしまうものをプレゼントして、ごまかしてるような気持ちになる。
B先輩が、彼女さんのことを好きで、よかった。
この胸の痛みを感じないような人じゃなくて、よかった。
家に着いて、居酒屋さんのにおいをとろうとシャワーを浴びた。
何を着ていこうかさんざん迷った末に選んだ、シフォンとツイードの切り替えのワンピースを脱ぎながら。
きっとこの服は、今までほどには、お気に入りじゃなくなるだろうと思った。
B先輩の匂いがした。
あの、オレンジのパッケージの煙草の匂い。
他の煙草は区別がつかないけれど、あの匂いだけは、いつの間にか嗅ぎ分けられる。
キャンパスを歩いていた私は、風上に顔を向けて、すぐに先輩を見つけた。
傾斜している芝生に、寝転がって煙草を吸っている。
ちょうど今日の講義中、そばでくり広げられていたB先輩の噂話が気になっていた私は、なだらかな斜面をのぼった。
先輩はなんだか、一度にいろんなことをしていた。
本を読みながら、煙草を吸って、何かカップに入ったものを食べている。
「B先輩」
呼びかけると、プラスチックのスプーンをくわえた顔が、ぱっと振り向いた。
こんにちは、と挨拶する私に、優しい瞳がにこっと笑う。
その口元にある赤紫のあざに、噂は本当だったんだ、と思った。
「召しあがってるの、プリンですか」
「そうだよ、知らないの?」
「…プリンは知ってます」
うつぶせの先輩のかたわらに正座して、思わずふてくされた声が出る。
私、そこまで世間知らずじゃない。
ことはそんなに単純では、ありませんでした。
楽しかったけど。
いっぱい笑ったけど。
次なんて、無理です。
加治くんが楽しそうにしてくれればくれるほど、胸が痛む。
一瞬で消えてしまうものをプレゼントして、ごまかしてるような気持ちになる。
B先輩が、彼女さんのことを好きで、よかった。
この胸の痛みを感じないような人じゃなくて、よかった。
家に着いて、居酒屋さんのにおいをとろうとシャワーを浴びた。
何を着ていこうかさんざん迷った末に選んだ、シフォンとツイードの切り替えのワンピースを脱ぎながら。
きっとこの服は、今までほどには、お気に入りじゃなくなるだろうと思った。
B先輩の匂いがした。
あの、オレンジのパッケージの煙草の匂い。
他の煙草は区別がつかないけれど、あの匂いだけは、いつの間にか嗅ぎ分けられる。
キャンパスを歩いていた私は、風上に顔を向けて、すぐに先輩を見つけた。
傾斜している芝生に、寝転がって煙草を吸っている。
ちょうど今日の講義中、そばでくり広げられていたB先輩の噂話が気になっていた私は、なだらかな斜面をのぼった。
先輩はなんだか、一度にいろんなことをしていた。
本を読みながら、煙草を吸って、何かカップに入ったものを食べている。
「B先輩」
呼びかけると、プラスチックのスプーンをくわえた顔が、ぱっと振り向いた。
こんにちは、と挨拶する私に、優しい瞳がにこっと笑う。
その口元にある赤紫のあざに、噂は本当だったんだ、と思った。
「召しあがってるの、プリンですか」
「そうだよ、知らないの?」
「…プリンは知ってます」
うつぶせの先輩のかたわらに正座して、思わずふてくされた声が出る。
私、そこまで世間知らずじゃない。