「ミョウガは、さすがにまだだね」
「うちのはね。お店で買ったのがあるから、今晩おみおつけに入れてあげる」
やった、としその葉を洗いながら喜んだ。
ミョウガのおみおつけは、私の大好物だ。
そこに、ただいまーと疲れた声がした。
兄だ。
母の顔がぱっと明るくなり、濡れた手をさっと拭いて、モダンなショートヘアを少し直すと、いそいそと玄関まで迎えに行く。
かいがいしい母と、気をつかいながらもうるさがるような会話が近づいてきて、お、と兄の政晴(まさはる)が顔をのぞかせた。
「無事か」
「お兄ちゃんこそ。なんだかくたくたじゃない」
学会だったんだよ、とため息をつく兄は、医大の4年生だ。
親の期待を一身に背負って、見事に応えてしまった人。
都内の大学に通っているけれど、高校を出た時点で寮に入り、今もそこで生活している。
「大変だったのね。夕食は、好きなものつくってあげる」
「ハンバーグ」
子供みたいなことを言う兄に、わかったわと母が笑う。
母のつくるハンバーグとデミグラスソースは、確かに玄人はだしのおいしさで、小さい頃から私と兄の好物だ。
「おみおつけは、明日ね」
「うん」
まあそうなるよね、と特に気にもせずうなずく私に、大きな荷物を床に下ろした兄が、なんの話? と尋ねる。
いきさつを話すと、眉をひそめて母を見た。
「先にみずほと約束してたんなら、つくってやってよ」
「でもハンバーグなら、それに合うスープがいいでしょう」
「だからハンバーグは、今日じゃなくていいって」
「せっかく政くんが帰って来たのに」
ちなみに私も今朝帰ってきたんだよ、お母さん。
いいんだけど。