ニャーと、鳴き声が聞こえた。ふと見ると、階段の下からいつか見た茶白の猫が、てこてこと短い足で駆け上がってきていた。
邪魔そうにわたしを睨みながら脇を通って後ろの日の当たる場所で横たわる。
定位置なのかな、この間もおんなじ場所で寝てた気がする。
「かわいいね。野良猫かな」
「たぶんね。前にハナ、こいつのこと追いかけて走り回ってたんだよ」
そうしてこの場所を見つけた。
思えばこいつは、わたしたちが秘密の場所へ辿り着くための水先案内人だったっていうわけだ。
「そうなんだ。じゃあはじめましてじゃないね。俺のこと憶えてるかな」
「訊いてみれば?」
そう言うとハナは、本当に「猫くん、俺のこと憶えてますか」なんて猫に訊ねて、だけど当然のように猫は知らんぷりしたまま。
おまけにそのうち、気持ちよさそうに眠り始める。
「……まあ、憶えてないか」
「憶えてて欲しかった?」
「どうかな。別に、忘れられても構わないけど」
ちょっと意外な返事だった。なんとなく、「そりゃそうだよ」なんてことが返ってくるかと思ったけれど。
『でも、俺は憶えていてもらいたいなあ』
前にハナがわたしにそう言ってくれたこと、わたしははっきり憶えている。
誰にだって何にだって、ハナだったらおんなじことを言うと思った。
「さて」
ハナが、ぽんと膝を叩いて立ち上がった。それからすっと、右手をわたしに向かって伸ばして。
「セイちゃんの機嫌も直ったことだし、デートしようか」