ハナは柔らかい表情のまんま、すっと視線を目の前に向けた。わたしたちの前に広がる街と空の景色。
ほんの僅かな動作だったけれど、わたしにはやけにゆっくりと、鮮明に映った。
「俺は、俺の世界が好きだよ。この街も空もすごく綺麗だ。いつまでも憶えていたいと思う。それくらい綺麗に見えて、それくらい好きなんだ。
セイちゃん、きみのことも。セイちゃんが自分のこと、そうじゃないと思っていてもね」
わたしはじっと、ハナの横顔を見ていた。
いつか言われたような言葉。
憶えていないはずのハナが、何度も繰り返す、わたしへの、言葉。
「俺はきみになんにもしてあげられないね。きみの考えているいろんなことを分けてもらうこともできないし、俺がいくらきみは綺麗だって言葉にしたって、伝わるのは結局それだけで、俺が本当に思ってることはどうしたって伝えられない」
ハナが振り向いた。
いつもの、優しい顔だった。
「でもね、思うよ。いつかきみが、笑いたいときに笑って、泣きたいときに泣けたらって。そういう場所に辿り着けたら、そのときには俺、側に居るよ」
ハナが、笑うのが合図みたいだった。
さっき我慢したはずの涙が、違う理由で出そうになる。
なんで出そうになったのかはわからなかった。それも我慢したけれど、堪えるのは、すごく大変だった。
──どうしたら、わたしもきみに伝えられるんだろう。
いろんなものが汚れて見えたわたしの世界で、でも最初から、きみだけは、ほかと違って見えたこと。
きみはわたしを見つけてくれたけど、きっと、きみに見つけてもらえなくても、わたしがきみを見つけていた。
そのこと。どうしたら、伝えられるんだろう。
きみに言葉だけじゃなく、全部をきちんと伝えたいのに、わたしにはまだその方法がわからないから。
ハナ。
「……わたしも、ハナの側に居る」
それだけはせめて、きみに伝えたいよ。