「うん。泣かない。ありがと、ハナ」


小さな声で、おまけに俯いて閉じこもっているせいでくぐもったりもしていて、ちゃんと、届いているのかわからなかった。

でも、顔を上げたらハナは笑ってくれたから、たぶん、届いていたんだろう。


「……ねえ、ハナ」


呼ぶと、なに、と返事があった。

少しだけ黙り込む。

風が吹いて、電車の音が聞こえて、太陽が、目の前で光を広げている。


「うちね、両親がすごく仲悪いんだ」

「うん」

「顔合わせたら喧嘩ばっかりで、毎日怒鳴り合っててね。本音で言い合ってるのに、お互いの心がわかんないみたいに。いつもいつも、一緒に居るのに、遠くに離れちゃってるみたいな」


それは、とてもくだらない話。

どこにでもあるような、ありふれた、珍しくもなんともないただの話。


小さな小さな、わたしの世界の中の話。


「別に、そんなことが特別なわけじゃないってわかってる。クラスの子だって親が離婚してる子何人もいるし。でもわたしにはどうしても、信じられなかったんだ」


はじめは、不可解で仕方なかった。それから不安になった。信じたくはなかった。

自分の家族がこんな風になってしまったこと。バラバラになってしまったこと。

今日までの日々。


思いもしない。

だってわたしたちはいつだって一緒で、いつだってたったひとつで、家族なんだから離れてしまうことなんて何が起きたってないと思ってた。

そもそも、離れてしまうなんてことを、考えたことすら、本当はなかった。


だけどひとつじゃなくなった。

どこかに壁があるみたいに、心から笑えなくなった。

側に居るのに遠くに居る。


きっともう二度と、繋がらない手。