「……構わないよ。だって憶えておきたいことなんて、ひとつもないんだもん」


考えるまでもない答えだよ。

だって、こんな世界のどこに、それほど大切なものを見つけられるっていうの。

そんなものはどこにもない。

目を瞑っていられたら。耳を塞いでいられたら。暗くて狭いところに蹲っていられたら。

そんなことばかり頭に浮かぶこの場所で、残しておきたい大切のものなんて。


──昔は、確かに、あったはずなのに。


今はどこにもないんだ。

消えて欲しいものばかりがここに残って、何よりも大切なものは知らない間に、もう見つけられない場所へ、飛んでいってしまった。

もう、ここに、大切なものなんてない。


「そっか」


ハナが、大きく息を吸った。ぐっと伸びをして、それからゆっくりと、息を吐き出していく。

後ろに突いた手。それで支える少し後ろ向きに倒れた体で、ハナは、何かを見ている。


「でも、俺は憶えていてもらいたいなあ」


わたしがハナを見ると、ハナもわたしを見た。

笑うかな、と思ったら案の定笑って、ハナは、こう言う。


「俺のこと。セイちゃんに」