ハナはしばらくわたしを見つめてから、突然びしっと指を差した。


「セイちゃん」


びくっと驚くわたしに向かい、上からわたしを見下ろすハナは、にいっと大きく笑ってみせる。


「セイちゃんでしょう」

「えっと……う、うん……」

「あは、すごい。俺、きみのこと憶えてた」


そうしてハナは、嬉しそうに声を上げるから。わたしはぽかんと、見つめたまま。

でもハナは、そんなわたしを置いてひとりで勝手に楽しそうで。

それからふいに顔を上げながら、


「止んだね」


そう言って、傘を閉じた。


わたしはまだ、ぼうっと彼を見上げたまま。

でもふと、傘が鳴らす音が無くなっていることに気付いて、開いていたそれを畳んだ。

まだ雨の匂いはするけれど、空はいつのまにかすっかり青くなっていた。

分厚い雲が、どこか遠くへ流れていく。


「来て、セイちゃん」


ハナが、上からひらひらと手を振っていた。

わたしはそれにつられるみたいに、湿った丘の道をのぼっていく。

一歩、一歩、近づきながら。確かめるように、足元を見て。


「…………」


──憶えてた、って。

そんなの当たり前だろ。忘れてたら、ちょっと怒る。

きみに会ったのはたったの2日前。

そっちから無理やり関わってきて、あんなに強い印象を残して、わたしはいまだってはっきりと、言葉のひとつひとつさえ思い出せるって言うのに。

名前と顔を憶えてたくらいで、なに、喜んでんだ。