「いってらっしゃーい」


三浦さんの声を聞きながらアクセルを開く。

ゆっくり動く車輪。徐々に速度を速めて、わたしたちを連れて行く。

もたれかかったぬくもりが、背中越しに伝わってきた。


空は薄闇だ。

もうすぐ、宇宙が透ける色に変わる。


「ねえ、セイちゃん」


小さなバイクはふたりを乗せて、よく知る街を走り抜ける。


「なに」

「これって、ふたり乗りしてもいいやつ?」

「だめなやつ。おまわりさんに見つかったらタイホだ」

「悪いことするなあセイちゃん。俺を誘拐するし、道路交通法やぶるし」

「大丈夫。事故は絶対起こさないから。もし起きても、死んでもハナのことを守るよ」

「セイちゃんが死んじゃったら俺はとても悲しむよ」

「じゃあ死なない。自分も一切無傷で、ハナのことを守る」


馬鹿だなあと自分でも思った。

でも、そんな馬鹿なことを、本当にやれちゃうような気がしていた。


きみのために、なんにもできないわたしが。

きみのためなら、なんだってできるような。


今だけは、本当に。



ぎゅ、と、ハナの腕がわたしのお腹を抱き締めた。

背中で、小さな声がした気がしたけど、うるさいエンジンの音で聞こえなかった。


ありがとうと、言われたような。


でも、たぶん、それは、空耳だったんだと思う。