原付は、公園の入り口に止めてあった。

裏口から公園に戻って、丘の脇を通って噴水の広場へ。


そこにはハナのお兄さんがいた。

お兄さんはわたしとハナの姿を見つけると、座っていた噴水の縁から立ち上がって、大きな声で叫んだ。


「ハナ!」

「……兄貴?」


少しの距離を開けて立ち止まる。ハナも、お兄さんも、同じような表情をしてお互いのことを見ていた。

しんと静かな夕方の公園。ゆるく吹いた風が楓を揺らして、ざわっと葉擦れの音だけ聞こえる。


お兄さんは何かを言おうとして、でも何も言わずに開きかけた口を閉じた。ハナも同じだった。

泣かないけれど、今にも泣いてしまいそうな顔。


「お兄さん」


呼ぶと、ハナに似た瞳がわたしに向いた。

本当ならここでお兄さんにハナを引き渡すべきなんだろう。

お兄さんの気持ち、少しはわかってるつもりだ。誰よりハナを大切に思ってるあの人は、きっと今すぐハナを、ぎゅっと抱きしめてあげたいに違いないんだから。

でも、もう少しだけ。


「お兄さん、少しだけ、ハナを借ります」


それは確認じゃなく宣言だった。だってだめって言われたって連れて行くつもりだから。


「…………」


ハナがわたしを見た気がしたけど、わたしはじっと、お兄さんから目を逸らさずにいた。

お兄さんは、小さく縦に頷いた。それからさっきと同じようにわたしに向かって、


「ハナをよろしくね」


そう言ったから、わたしも頷いて、そして繋いでいた自分のじゃない手のひらを、ぎゅっと強く握り直した。