「今の言葉ね、ハナがわたしに言ってくれたんだよ。消えたいって言ったわたしに、なら、誰も知らない場所へ行こうかって。わたし何も答えられなかった。そしたらハナね、それが答えだって言ったんだよ」


消えたい気持ちは嘘じゃなかった。

それなのに答えることができなかったのはなんでなんだろう。

わからなかった。ずっと。ハナに言われて、初めて気付いた。


「わたしまだ捨てられないもの、たくさん持ってた。本当に捨ててしまってからじゃもう取り戻せない、かけがえのない、大切なもの」


いろんなものが嫌いになったのは、そのすべてが大好きだったからなんだと、知った。

大好きだから嫌いになった。嫌いになっても、まだ、ずっと、大切だった。


「わたしはハナがどれだけこの街が好きか知ってるよ。ハナが大好きな人も、ハナのことを大好きな人も知ってる。ハナだって、わかっているはずでしょう」


きみは確かにたくさん持ってる。わたしよりずっと、そのことを知っている。


だってきみの見る世界には、宝物みたいに綺麗なものが、あんなにもたくさん、溢れているから。

そうでしょハナ。

小さな小さなきみの世界、だけどそれは誰のどれより、輝いている世界なんだ。



「……でも、セイちゃん」


ぎゅ、と。重ねていただけの手が、ハナの手のひらに包まれる。

どれだけ長いことここに居たのか、いつも温かい手はすっかり冷え切っていたけれど、それでも悲しいくらいに温度は伝わる。

こんなに側に、熱までわかるくらいに、近くに、確かに、わたしたちは居るのに。


「……俺は」


指先に込められた力は痛いくらいに強くて。

微かに、震えていた。


「……ハナ」



ハナが、泣いている。


大きな目から涙を落として、唇を噛み締めて、ハナは泣いていた。

ぼろぼろと止まらない涙は頬を流れて、地面にいくつも染みをつくる。

目を離せなかった。涙を流すきみから。


「忘れたくないんだ……セイちゃん、きみのことを」


一滴がわたしの手に落ちて、それから、ハナの震える指先へ伝う。



「だって、この世界に、きみ以上に大切なものを見つけられない」



光るきみの涙。

とても綺麗な透明だった。


いつから溜めていたものなんだろう。

たくさん苦しみながら、誰にも見せられなくて隠し続けていたそれを、きみは今、わたしに見せてくれた。


とても大切な言葉と一緒に。