「でも、持っているものをすべて抱えたままじゃ、進めない先もあるのよ」


お母さんがそっと、わたしの頬を撫でる。


「前に行くには……捨てなきゃいけないものがあるの?」

「人生ってのは厳しいものね。神様ってどうしてこう性格悪いのかしら。好きなようにさせてくれたらそれでいいのにね」

「そういうこと言うとまた神様にいじわるされちゃうよ」

「そうそう私ばかりに構うほど神様も暇じゃないわ」


わたしが笑うと、お母さんも笑った。

それが嬉しかったけど、お母さんはすぐに、笑顔のまま、唇を少しだけ引き締める。


「今のお母さんにとって、前に進むために置いて行かなきゃいけないのが、きっと、お父さんと星だったのね」



また、泣くかと思った。

けれどお母さんは泣かなかった。

だからわたしも唇を噛み締めて、零れそうな涙を堪える。


「わたしとお父さんには、それが、お母さんだったってこと?」

「そう。でもね、家族が別れても、今まで日々の証がある。星、あなたが居るもんね。だからね、寂しいけど、悲しくはないよ」



そう言うお母さんの顔は、本当に晴れやかで、綺麗で。

やっぱりお母さんだなあと思う。

きっとこれがお父さんだったら、たぶんぼろぼろ泣いている。

それを想像するとおかしくて、わたしはつい、笑ってしまう。



「それよりも、星」


リビングに戻ろうとしたわたしを、お母さんの声が止める。


「何かあった?」

「え……?」

「さっきから、どうも表情おかしいけど」


何も答えなかったけど、何も答えないことが返事になってしまっていた。

お母さんは息を吐くと、困ったように笑って先にリビングに戻っていく。