「そうだ。ケーキ買いに行こうよ」
「ケーキ?」
「うん、わたしの友達の家のお店に」
昨日食べた少し形の崩れたチーズケーキは、三浦さんの言った通りとてもおいしくてしあわせになれた。
だからあれをもう一度、ハナと一緒に食べてみたいと思った。
「すごくおいしいんだよ。って言ってもわたしもまだ、チーズケーキしか食べたことないんだけど」
「へえ……そっか」
ハナが少し考えるようなしぐさをするから、もしかして甘いものは苦手だったのかなあとちょっと不安になる。
だけどそうじゃなくて、ハナが、言ったのは。
「セイちゃんのお友達、ケーキ屋さんなんだ」
「……え?」
つい、訊き返してしまった。
そうしたらハナが不思議そうな目で見るから、慌てて「うん、そうなんだよ」と答える。
……あれ。ハナは、もう忘れちゃったのかな。
昨日も言ったような気がするんだけど。確か、別れ際の夕暮れに。でも、憶えていないみたいだし。
わたしの思い違いか。もうハナの1日だけの、記憶の外に出て行ったのか。
「じゃあ、そこに行こうか」
「あ……うん。今日はね、ケーキをおやつにして散歩しよう」
「散歩じゃなくてデートだよ」
「そうだった、デートだった」
手を繋いでゆっくりと丘を下りていく。
いつもの何気ない、きみとの1日のはじまり。
きみの隣を歩きながら、そういえば、訊きたかったことがあったんだとふと思い出す。
──なんでハナは、昨日の夜、まだひとりでここに居たの?
でも、楽しそうに歩いているハナの横顔に、まあどうでもいいか、という気になった。
それよりも今は今のことを楽しもう。
この今しかない1日を、きみの中に、少しでも残していくために。



