「……っぷ」


なんだか無性に笑えてきて、つい、噴き出してしまった。

いけないと思いつつも堪えきれなくて、俯いたまま「ぐふふ」と変な声を出す。


「……なに、セイちゃん」

「いや、ごめん。だって、なんか。『僕の名前は芳野葩』って自分の名前書いてるの、なんだかちっちゃい子みたいでかわいいなあって」

「あ、セイちゃんデリカシーないなあ。俺には意外と大事なんだからね」


わかってる。“もしも”のときにとても大事な情報なんだってこと。

昔のことは記憶にあるから忘れることはないんだけれど、それでもどこかに不安があって、ここに書かれた名前がきっと、それを幾分か和らげているんだということも。


「俺の頭のこと知っててそういうこと言うの、たぶんセイちゃんくらいだと思うよ」

「だから、ごめんて」


ハナこそ、口では怒っておきながら全然怒った顔をしてないくせに。

そんな顔で「デリカシーない」なんて今さら聞き慣れたことを言われても、反省するにもしきれない。

それに。


『僕の名前は芳野葩』


忘れたくない大切なきみの名前。

とても大事だからこそ、悲しくなったり、同情したりなんてしたくないんだ。

きみの名前を見ると、いつだって嬉しくなる。笑顔になれる。しあわせになる。

きみや他の人にどう思われたって、わたしはいつも、そういう風に感じられるようでありたいよ。


「ねえハナ。ボールペン貸して」

「ん、いいけど。どうしたの?」

「もうひとつ忘れちゃいけない大事なことを書き足しておく」


ノートに書かれた『僕の名前は芳野葩』。

その下に、同じくらいに大きな文字でこう書く。


『好きな子の名前は倉沢星』


それはわたしの、名前。


「…………」


なんて、思うかな、って。

自分で書いておきながら、内心すごくどきどきしていた。


ハナはじっとノートのその文字を眺めている。

そして。