「別にいいよ。セイちゃんには、あんまり面白くないかもだけど」
意外にもあっさり貸してくれた。
「なんだ。だったらもっと前に言えばよかった」
「そんなに見たかったの?」
「そりゃそうだよ、だって……」
慌てて口を閉じる。
ハナが不思議そうに目を向けるけど、適当に笑ってごまかした。
だって、「ハナのこともっと知りたいから」なんて、とてもじゃないけど言えないし。
「さて……なんか、ちょっとどきどきする」
「なんでセイちゃんがどきどきするの」
「人の日記をのぞき見するときの、背徳感、みたいな」
「俺が許可してるのに」
ハナがくすりと笑う。
ノートは、表紙がすっかりくたびれてしまっていた。
表紙の真ん中には数字で『⑥』という文字と、数か月前の日付が書かれている。
今は6冊目、ということだろうか。書かれている日からこのノートを使い始めたらしい。
たぶん、ハナが事故に遭ったときから書き続けている記録。
ノートの、一番最初のページを開いた。
そこにはハナがいつも書いているような、一言日記は書かれていなかった。
大きな字で、きっと毎朝起きたハナが、一番初めに確かめること。
『僕には1日しか記憶がない』
そしてその次に書かれていたのは、きみがきみであるために大切なこと。
『僕の名前は芳野葩』
ああ、ハナの名前って『葩』って書くんだ。
見たことのない字だな。知らなかったら、きっと読めない。
この字にはどんな意味があるんだろう。家に帰ったらこっそり調べてみよう。
そんなことを、考えながら。